家を束ねる女将の目線で料亭の空間を描き出す─桑村祐子 (「高台寺和久傳」女将/代表取締役)
京都大学平田晃久研究室と京都の建築学生,新建築社で,建築学生のための拠点づくり「北大路プロジェクト」をスタートさせました.その思考を広げるため,学生によるさまざまな専門家へのインタビューを行い,連載として紹介します.
第6回は京都の料亭である「高台寺和久傳」女将の桑村祐子さんにお話を伺いました.女性ならではの視点で料亭の経営を行っている桑村さんと,さまざまな要素から成り立つ料亭の空間について,また組織における家族的なあり方について議論していきます.
インタビューの聞き手は,大須賀嵩幸さん,志藤拓巳さん,吉永和真さん(京都大学 平田研究室M2),坂野雅樹さん,関川圭基さん,武田まりのさん(同M1),善岡亮太さん(同研究生). ※所属はインタビュー時のもの. (編)
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目次
●祇園に料亭を構えて
●シーンが記憶に残るように
●家族のような繋がりをつくる
「高台寺和久傳」にて行われたインタビュー.左から関川さん,大須賀さん,桑村さん.
撮影:坂野雅樹/平田研究室 ※インタビュー時所属
祇園に料亭を構えて
──和久傳はどういった経緯で祇園・高台寺に料亭を開くことになったのですか.
桑村 私どもは元もと,京都北部の丹後で料理旅館を経営していたのですが,丹後の地場産業である丹後縮緬(ちりめん)の斜陽化に伴い旅館の経営も苦しくなっていきます.なんとか家業を続けたいという思いで,京都の市中に背水の陣で出てまいりました.
ご縁あって数寄屋大工として高名な中村外二(1906〜97年)棟梁に紹介していただき,八坂神社や祇園にもほど近い京都らしい場所に,「高台寺和久傳」を構えることになりました.
この建物は昔からここにあるかのような厳かな佇まいをしており,6室ある部屋は中村棟梁がそれぞれ材を選び抜いてつくられた空間ですが,創業地の名物である蟹を炭火で焼くために,中村棟梁は座敷に穴をあけて,囲炉裏を設けてくださいました.大工の神様のような方にそのようなお願いをするのはたいへん恐縮でしたが,京都の洗練と丹後の野趣がこの部屋の中で融合して,この建物にとってたいへん貴重な部屋になったのです.
インタビューは囲炉裏の間にて行われた.中村外二棟梁による囲炉裏が空間を引き立てている.左から桑村さん,武田さん,志藤さん.
撮影:坂野雅樹/平田研究室 ※インタビュー時所属
料亭には大工さんの他にも多くの職人の方々が関わっています.
料理人をはじめとして,指物師,左官職人,庭師,掛け軸に裏打ちをする職人に,お花を育てている方まで,みなさん魅力的なお方で,その考え方や仕事への姿勢には心を打たれます.
次の時代にもこの職人さんたちの考えや仕事の質を伝え残していきたいという思いから,各部屋ごとに置く器や調度品は売っている物を買うのではなく,素材から寸法まですべてあつらえることにしています.
そうすることで,職人さんたちの想いがひとつに結集した,その部屋ならではの空間をつくることができるのです.
シーンが記憶に残るように
──料亭の空間をかたちづくる建築についてはどのようにお考えでしょうか.
桑村 「高台寺和久傳」の他に,大徳寺や京都駅などに6店舗を出店していますが,それぞれの地域の持っている風景に馴染む佇まいを大切にし,各店舗ごとにつくりを変えています.
たとえば大徳寺の門前に「紫野和久傳」(『新建築』1996年1月号掲載)という,料亭の味をお持ち帰りいただけるお店を始めました.
「紫野和久傳」.大通りから見る外観.
撮影:新建築社写真部
外殻は鉄筋コンクリートで内部に数寄屋建築をはらんだ,当時としては珍しい建物を岸和郎氏と中村棟梁につくっていただきました.
おふた方の飾らない美を求める姿勢は,禅寺である大徳寺の雰囲気とも相まって,簡潔な空間として現れています.ここでは1階はおもたせの販売,2階では蕎麦を提供していますが,建築も料理も,素朴だけれど洗練されたものが和久傳の求めるひとつの美しさなのだと思っています.
昨年,白川沿いに朝ごはんを提供する「丹 tan」というお店を出しました.
設計は横内敏人氏で,1階は台所,2階はリビングをイメージした,安らぎと心地よさを感じられる家のような空間になっています.
この場所で,川沿いに立ち並ぶ柳を眺めながら朝ごはんを食べると気持ちのよい一日がはじまる,そんなコンセプトの小さなお店です.
「丹 tan」.
提供:和久傳
「紫野和久傳」のようにその周囲の環境に合わせて外側からつくることも必要ですし,「丹 tan」のようにそこでどんなことをしたいかというイメージも大切にしたいと考えています.
いわゆる“おもてなし”ではなく,親しい友人の家に遊びに行ったり,久しぶりに家族が集まる時のように,肩の力を抜いて暖かい食卓を囲むことのできる場であってほしいのです.そこでの出来事を思い描くことで,中身から外見ができ,同時に外見から中身ができる入れ子状態になるのがよいのではないでしょうか.
吉永 その場所を利用する人たちの風景を思い浮かべて店のイメージを捉えていくやり方にはとても共感します.
「北大路プロジェクト」でもワークショップにおいて,ここでどんなことをしたいかというテーマで意見出しを行いました.最低限の個室や広いリビングというかたちは先に与えていく一方で,そこでの生活や,展覧会や講演会などのアクティビティのシーンをもとに内側から建築が変化していくあり方は,このプロジェクトの重要な側面です.
桑村 私が店づくりで大切にしていることと,みなさんが建築をつくるときに考えていることに通ずるものがありびっくりしました.
家族のような繋がりをつくる
──桑村さんは女将として,どのようにスタッフの方たちをまとめていらっしゃるのでしょうか.
桑村 和久傳はひとつひとつのお店のスケールがあまり大きくありません.
大きなお店の場合,人手もたくさん必要で,その分お金も必要になるのが商売です.適正な大きさであれば,そのお店らしさやポリシーを保ちやすくなります.
経営という観点では,私は従業員の人たちを家族だと思うようにしています.
飲食の世界では女性が表で働くことが多く,男性は技術者として裏方で支えてくれているのですが,それが家族的な役割に似ていると思うのです.
昔から勤めてくれている仲居さんたちが結婚して子どもができ,さらに孫ができる頃には,お掃除や洗い物などを手伝ってくれたりしてずっと関わり続けてもらっています.今度は,新しく入ってくる若い働き手に子どもができた時に,面倒を見てくれたらよいなとも考えたりしているのですが,女性はそういった横の繋がりというものを大切にします.それに対して男性にはしっかりとした縦社会の繋がりがあり,縦と横で重なればチームとして強くなるのではないでしょうか.
また,従業員にも1カ月で辞める人,長く続ける人などさまざまな人がいますが,相手を家族と思うことで分け隔てなく接することができますし,和久傳を離れる時にも快く送り出せます.
私はひとりの百歩よりも百人の一歩の方が価値があると思っているのですが,やはり能力の高い人はひとりで百歩歩んでいきますから,もちろんそういう人も応援していきたいですね.
両方喜べるということが,家族的に考えるということだと思います.
志藤 働く場が第2の家庭のようになるということですね.
シェアハウスもそうですが,自分の家族以外にももう少し家族的な繋がりを持ちたいという人が増えているように感じます.
桑村 私が言う家族とみなさんが言うシェアは同じ考え方だと思います.
もちろん人間同士なので,合う合わないはあるのですが,私はなるべく仲のよい人たちだけで固まらせないようにしています.効率や安心の面では劣りますが,そうした方が予期せぬものが生まれるのかもしれないと思うのです.
志藤 「北大路プロジェクト」でも,ワークショップで設計のプロセスを多くの学生に開くためには毎回大きな労力が伴いました.しかしその中で新しい発想が生まれておもしろさが増していったのも事実です.
このシェアハウスが建築学生が親しい友人や家族のように集い高め合う場所になればよいなと思いました.
本日はありがとうございました.
(2017年6月8日,「高台寺和久傳」にて 文責:平田研究室)
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北大路ハウス
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