『新建築』7月号を評する─『新建築』2018年7月号月評
「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)
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評者:深尾精一
目次
●ビハール博物館
●川口市めぐりの森 赤山歴史自然公園 歴史自然資料館・地域物産館
●信濃毎日新聞松本本社 信毎メディアガーデン
●新宿パークタワーラウンジ
●LIFORK・MEC PARK
●SUPPOSE DESIGN OFFICE 東京事務所 社食堂
●富岡市役所
●msb Tamachi 田町ステーションタワーS
●G-BASE田町
ビハール博物館
ビハール博物館の記事は,コメントのしにくいものであった.
コールテン鋼を用いたパネルと石材の施工に関わる課題の違いなどは理解できるが,内部空間のシークエンスがどのようになっているのか,読み取ることが難しかったためである.
平面図・アクソメと1枚1枚の写真を付き合わせて,なるほどとはなったが,そのような読み方をする一般の読者は少ないであろう.
展示ゾーンの平面図の「ラウンジ」の記入位置が間違っていることも気付かれないであろう.外観写真についても,ひとつひとつは魅力的なショットとなっているが,全体として訴えたいことが,誌面からは評者には伝わらなかった.
槇先生の小論,これからのミュージアムを読むと,その分かりやすくはないことが狙いらしいと納得した.それに対し刀剣博物館は,規模が1/10であり,建築が十分に紹介されている.来館者をエレベータで3階に上げると割り切ったことにより,明快な建築となっているのであろう.照明方法から導き出された天井と外殻との関係も納得のいくものであった.
川口市めぐりの森 赤山歴史自然公園 歴史自然資料館・地域物産館
川口市めぐりの森 赤山歴史自然公園 歴史自然資料館・地域物産館|
伊東豊雄建築設計事務所
川口市めぐりの森は,同様なビルディングタイプの岐阜県各務原市の瞑想の森 市営斎場(『新建築』2006年7月号掲載)を思い浮かべさせるが,瞑想の森がすこぶる建築作品的構築物であるのに対し,解説文にあるように,「盛り上がってできた大地の一部」として赤山歴史自然公園の中に溶け込んでいる.
他の施設を含む自然公園と一体となった計画ということもあろうが,やはり12年を経た時の流れが設計者に生み出させた建築なのであろう.施工は大変であろうが,それに十分に値する空間ができているに違いない.
12年後の伊東事務所による弔いの空間を見てみたい.そんな思いを起こさせる建築である.それに対し,地域物産館はどうであろうか.コストの制約があったと考えたい.歴史自然資料館の煉瓦の家と土の家と木の家による構成は面白いが,詳細が分からないので,コメントがしにくい.それぞれの家のエイジング・自然の中での変化が展示の対象であるならば,それこそ公園の中の歴史自然資料館となるであろう.
信濃毎日新聞松本本社 信毎メディアガーデン
信濃毎日新聞松本本社 信毎メディアガーデン|
伊東豊雄建築設計事務所
信濃毎日新聞松本本社 信毎メディアガーデンは,オフィスと商業施設・コミュニティゾーンの複合建築であるが,その外観形態と用途の区分がずれていることが特徴であろうか.
1階のコミュニティゾーンは気持ちよさそうであるが,オフィス階には新たなワークスペースの兆しを感じることができない.縁側スペースは中途半端なのではないだろうか.3階まではエスカレータが主なのであろうが,エレベータの運用も一体化しているのであろうか.
さまざまな立場の参加によるワークショップを通して練り上げられたそうであるが,そのようなワークショップは,完成時点での最適解を求めがちになるような気がするのは評者だけであろうか.
新宿パークタワーラウンジ
新宿パークタワーラウンジ|
リビングデザインセンターOZONE+中川エリカ建築設計事務所
オフィスビルのブランド価値を維持するためにさまざまな試みを進めるビルが増えている中で,新宿パークタワーラウンジは,立地がよいとは言いがたい高級ビルだからこそ試みることのできたラウンジ計画であろう.
大小の水平面を,高さを変えて並べるというアイデアは魅力的である.
写真を見る限り,偏りなく想定された使い方がされているようであるが,使われ方からのフィードバックは行われるのであろうか.優れた計画だけに,「水平のパーティション」というネーミングには違和感がある.
LIFORK
LIFORK|
企画・監修 NTT都市開発
設計 シナト(sinato) コクヨ
トランジットジェネラルオフィス(デザインディレクション)
LIFORKやMEC PARKは,オフィス空間の設えの新しい波が押し寄せる中で,ファシリティマネジメントの対象となるオフィスレイアウトが,ベースビルディングから独立して扱うことのできることを立証しているかのようである.
このような動きは,今しばらく続くであろうが,働き方からのフィードバックが,今後どのように活かされるのかが興味深い.さらに,このような動きをサポートするにふさわしいベースビルディングとはどのようなものになるのであろうか.建築屋としては,そこにこそ興味があるのだが…….
SUPPOSE DESIGN OFFICE 東京事務所 社食堂
SUPPOSE DESIGN OFFICE 東京事務所 社食堂|
谷尻誠・吉田愛/SUPPOSE DESIGN OFFICE
SUPPOSE DESIGN OFFICE 東京事務所 社食堂は,なんとも魅力的な仕事場である.ただ,より小さなオフィスであれば,これは当たり前のことかもしれない.これが守備範囲の広いデザインオフィスの特殊解なのか,一般解として広がっていくものなのか,今後を見守りたい.
富岡市役所
富岡市役所|
隈研吾建築都市設計事務所
富岡市役所は,路地としての市役所を目指したと設計者の隈研吾が述べている.1.65m幅の県道さえあるという富岡の街の特徴である路地.それを市役所のコンセプトにするところは,さすがである.
地域の素材を活かした隈ワールドが,新しい市役所建築をつくり出している.ただ,将来のワークスペースのあり方に追従するリダンダンシーがあるかという点では,現時点での最適解となっているようである.
msb Tamachi 田町ステーションタワーS
msb Tamachi 田町ステーションタワーS|
三菱地所設計・日建設計
msb Tamachi 田町ステーションタワーSは,田町駅東口の興味深い再開発である.そのプロジェクトの背景を読むと,エネルギー供給を一体化した計画に三井不動産と三菱地所が協働して取り組むという,時代の変化を感じさせるプロジェクトでもある.しかし,その誌面構成は,新建築誌的なビルの紹介を中心としたものとなっており,詳細に目を通したくなる読者は少ないのではないだろうか.標準階事務室の内観写真などは,この記事では不要であろう.
G-BASE田町
G-BASE田町|
設計施工 清水建設
G-BASE 田町は,三井不動産と清水建設の共同事業として,スケルトン賃貸のテナントオフィス事業を目指しているところが興味深い.いったんオフィスビルとして完成させた後に,テナント工事が部分的に内装を外すという不合理は,仮使用制度の運用により改善されたと聞くが,このような考え方は,「オフィスらしくないオフィス」だけではなく,より一般化されるべきであろう.
冒頭の建築論壇:都市の記憶を伝える超高層ビルは藤森さんらしい語り口で,興味深く読むことができた.永年の蓄積に加え,霞が関ビル50周年記念誌の編集作業で得られたことが大きいのであろう.
よくある何十周年記念の冊子というと,つくることが目的化しているものも見受けられるが,どのような記念誌であろうと,歴史の記憶を伝える役割は重要なのだということを再認識した次第である.
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