満たされぬ若妻の不倫劇『菊豆』(1990年、中国・日本合作、張芸謀監督)レビュー
『菊豆』は1990年に公開された中国・日本合作映画です。監督は1980年代から中国文芸映画を牽引する存在となる映画監督“第五世代”の筆頭であった張芸謀(チャン・イーモウ)監督で、主演はそのチャン・イーモウ監督のデビュー作『紅いコーリャン』(1987年)で主演を務め、公私ともにチャン・イーモウ監督のパートナーであると噂された鞏俐(コン・リー)です。
日本では徳間書店から発売された劉恒(リウ・ホン)の同名小説が原作となっています。1944年の中国を舞台に、土地二十畝と引き換えに20歳の生娘・王菊豆を嫁に迎えた50歳の小地主・楊金山と、金山の甥の天青の3人の愛憎劇が描かれます。
金山は子供を作る能力がなく、性的不能に陥っていましたが、その鬱憤を菊豆にぶつけるようになり、毎夜、菊豆に暴力を振るうようになりいます。菊豆に同情する天青は菊豆に優しく接しますが、菊豆は徐々に天青に惹かれるようになり、やがて、天青と性的な関係を持って、男子を出産します。金山は当初は自分の子だと思い込んで狂喜しますが、その後、脳卒中で倒れてしまいます。菊豆は長年、金山に恨みを持っており、体が不自由になった金山に子は天青との間にできた不義の子供だと明かします……。
農村が舞台だった原作に対し、チャン・イーモウ監督は視覚的な演出効果を狙って、金山の家を染物屋に設定を変えています。ヌードシーンが出てくるわけではないのですが、前半部はかなり官能的なシーンの連続で、コン・リーの肚兜(どぅどう=日本の童話で金太郎が着ている服に似ています。中国の伝統的な女性下着)姿を拝むことができたりします。
人間の思惑が交錯し、家庭内の不倫があらぬ方向に向かうその緊張感を描くという意味では、フランス映画『めんどりの肉』(1963年)やアメリカ映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1939年、1943年、1946年、1981年)と少し毛色の似た作品で、閉鎖的な家庭内でのどろどろとした愛憎劇、官能シーンに引き込まれます。歴代の中国映画の中でも上位に入るくらい完成度の高い作品だと思います。
コン・リーは、その後台頭してくる章子怡(チャン・ツィイー)や周迅(ジョウ・シュン)らとともに80年代後期から90年代にかけて中国映画界を牽引する存在へと成長していきます。交際を噂されたチャン・イーモウ作品では、『紅夢』(1992年)、『活きる』(1994年)、『妻への家路』(2014年)。また、チャン・イーモウ監督のライバルと言われた陳凱歌(チェン・カイコー)監督作品では『さらば、我が愛 覇王別姫』(1993年)、『花の影』(1996年)、『始皇帝暗殺』(1998年)などに出演しています。どの作品も名作ばかりなので、コン・リーに興味を持った人は上記の作品なども一度チェックしてみてください。『さらば、我が愛』と『紅夢』が特におすすめです。
90年代の中国は鄧小平や江沢民が改革開放路線を唱えて市場開放を進めた、日本でいう高度経済成長期に当たる時代です。中国語映画=香港映画というイメージだった80年代と違い、本土の中国映画が日本でもたくさん公開されるようになり、コン・リーは日本でも人気者になりました(日本のテレビCMに普通に出演したりしていました)。アクションやコメディが売りの香港映画に対し、当時の中国映画は人間をしっかりと描き切る文芸ドラマが多かった印象です。
中国は今、経済大国となり、作る映画も大作主義、金満な作品が多くなってしまいましたが、この時代に公開されたドラマティックなドラマ作品がまた再評価され、チャン・イーモウのようなセンセーショナルな作品を生み出せる若手監督が出て来ると良いのになと思います。
(了)