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『失恋短篇小説』#第二篇「塾講」

「本を読まないということは、その人が孤独でないという証拠である。」太宰治

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 手すりに積もる雪を見つめながら、煙草に火を付けた。

 塾講になって2年目の冬。
 休み時間の合間に非常階段へ抜け出してタバコを吸うのには慣れたが、肩身の狭さのようなものも感じていた。
 職場には俺ともう一人しか煙草を吸う人はいない。だから鉄の扉がギイッと開いた時、俺はヒゲ面の先輩が来たのだと確信していた。

 振り返らずに言葉を投げかける。
「今日まじで寒いっすね。」
「そうっすね。へへっ」
 いつもの低い声の代わりに返ってきたのは、鈴を鳴らすような君の声。振り返って、息が止まった。

 いたのは気になっていた美人の同期だったから。タートルネックがよく似合っていた。手元の煙草の火がパチっと燃え上がる。

「煙草、吸ってたんすね」
「んー、最近吸うようになって」
 照れたようにはにかんだ君が雪の舞う空を見上げた拍子に、タートルネックが少しずれた。首元の赤いアザが目に入る。

 そっか。彼氏、できたんだ。
 夏の忘年会の帰り、「実は彼氏、できたことないんですよね」。酔いで頬を染めた横顔が一瞬まぶたの裏に浮かんで、頭を振る。

 煙草を雪に押し付ける。煙草の火が、ジュっと音を立てて、静かに消えた。

 帰りに池袋のジュンク堂で本を買った。太宰治のページをペラペラとめくりながら中央線に揺られる。悲しみで内容は全く頭に入ってこなかったが、ふとある一文が目に飛び込んできた。

「本を読まないということは、その人が孤独でないという証拠である。」

 次の日、もう一冊、本を買い足した。

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参考文献・出典
[1]太宰治(2012)『如是我聞』,青空文庫

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