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(音楽)コダーイが好き

 無伴奏チェロソナタといえば、バッハ、コダーイ、カサドを思い浮かべる人が多いのではないだろうか。その部屋には一台のチェロがある。演奏者は一人でやってきて演奏を始める。己のリズム、音感を頼りに途切れることのない緊張と集中。孤独に音を紡ぐ姿に心を奪われる。

 バッハといえばカザルスを思い浮かべる。カサドについては、近年のテレビドラマ「カルテット」において満島ひかり演じる世吹すずめが演奏するシーンで使われていたことが記憶に新しい。コダーイについては、随分昔になるが、サントリーロイヤルのCMで、ヨーヨーマが石庭のような日本の寺院をバックに弾いていたことを覚えている方もいるかもしれない。

 第一楽章の出だしのインパクトが強烈な楽曲。確実に音符を抑えながら躍動し、疾走するような演奏。時折強く吸い込む呼吸音も聞こえてくる臨場感は、無伴奏ものの楽しみの一つでもある。静と動のメリハリ、早い音符もはっきりとしたイントネーションで表現するテクニックはさすがヨーヨーマといったところ。もう1名堤剛演奏によるものも聴いてみてほしい。

 どっしりと力強いイントネーション。重心が後ろに引っ張られるような緩やかなテンポ感。たっぷりとした間。同じ譜面を演奏しても、その色合いは全く異なる。無伴奏であるため、誰かに合わせることもなく、己のスピードで、己の音感を頼りに語り上げていく。既にお気づきの方もいるかと思うが、私は堤剛演奏によるものの方が好きだ。ヨーヨーマの演奏が嫌いなわけでは全くない。私はヨーヨーマの演奏でコダーイを知ったので、むしろ馴染みがあるのはこちらなのだが。ふたつをテーブルに並べられると堤剛を手に取ってしまう。もしかすると録音の差もあるのかもしれないが、堤作品の方が低音の輪郭がくっきりしている。高音の伸びはヨーヨーマが勝るが。なにか堤作品の音が自分にとってリアルに感じる。

 演奏家個人がひたむきに楽譜と睨み合い、何度も練習を重ね、たった一人で音楽に立ち向かう。コダーイの書いた譜面を音にするために。私にとって、それを聴く時間は幸福以外になんと呼ぶのだろう。

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