(音楽)武満徹が好き
前回ファドをめぐるサウダーデ、郷愁について記した流れでもう一つ郷愁にまつわる音楽について記載する。
音楽を聴いて幼少期に過ごした場所や、幼少期そのものを懐かしく思う気持ちには二種類あると考える。ひとつめは実際にその当時聴いていた音楽。眠りにつく時、母が歌ってくれた子守唄、テレビやラジオから流れて口ずさんでいた曲など、ダイレクトに記憶に結びつく音楽。ふたつめは聴いた瞬間に原風景を思い起こされるもの。はじめはもやもやした懐かしさが、徐々に像をなし具体的な思い出、あるいはそんなことがあったんじゃないかというフィクションを形作り、自らの幼少期を懐かしく、愛おしく、どこか少し寂しくなる。
現代音楽の作曲家として、映画音楽家として多くの作品を残した武満徹。前衛的な作品も多い中、親しみやすいギター曲や、歌曲も手がけている。「音、沈黙と測りあえるほどに」など大好きな著作も多く、いつか紹介できればと思う。この曲はラジオドラマの主題歌として書かれたようで、作詞も武満による。
素朴な歌詞にシンプルなメロディー。後半に入る口笛。武満の歌詞は素朴だけれど、なにか懐かしく、どこか物悲しい。少年のままの言葉が生々しく語られる。飾り立てた言葉ではなく、素朴に語られる。メロディーもシンプルではあるが、重力を避けるような印象で、何度聞いても耳にうるさくない。
歌詞の主語となる武満少年は子供ではない。無邪気さの中に、拭いようのない悲しみがベースとしてあるように思う。戦争の時代を生きた人だからなのかしらん。人は子供時代に、なにか説明できない悲しい気持ちを持っているようにも思う。私は持っていたように思う。この悲しさが彼の目に映っていた世界なのであれば、どこかに共通項があり、それは私たちが見ていたかもしれない世界でもある。リフレインで描かれるいたずらをした自分、それを叱る母、そして泣いてしまう自分。少年らしからぬ大人びた悲しい目と、母の愛情に叱られ泣いてしまう子供の目が同居する。やがて口笛が軽快に素知らぬふりで時間を経過させ終りを告げる。生意気で、負けん気が強く、繊細で、甘えたで、泣き虫だった自らの幼少期を憶い出す。