ベトナムを代表する企業・ビングループとは何か。

〇ビングループ(Vingroup)とは。


1993年にPham Nhat Vuong氏がウクライナで創業した。もともとはMivinaというブランドで即席めんの販売していたが、2000年にはベトナムに拠点を移して今の事業の中心である不動産業を始めたといわれている。なお、この即席めんの事業は2010年にネスレに約150百万ドルで売却している。これらの利益をもとに不動産をはじめたという。
 
Vingroupの本社はハノイにあり、2007年にハノイ証券取引所に上場している。小売業でVincome Retail(VRE)は2017年に、Vinhomes(VHM)は2018年にホーチミン証券取引所に上昇している(小売業はのちに撤退)。そして何よりも最近ではVinFastによる自動車事業の参入であろう。他にもAI、病院、教育など事業展開しており、不動産会社でありながら事業の多角化に力をいれているベトナム最大のコングロマリットである。
 

〇どんな規模の会社なのか。


 上場しているVingroupの時価総額でみると、238,752,370百万ドン(約1.4兆円、2022年9月25日時点)である。日本の住友不動産、三井不動産、三菱地所がいずれも1.5~2.5兆円程度であるから、日系の大手不動産とほぼ同じくらいの規模かそれよりやや小さめの企業と考えてもよいだろう。ざっくりではあるが、日本電産で5兆円、ソニーで15兆円、トヨタで30兆円くらい、アップルで300兆円くらいであるから、グローバル企業と比べればまだまだこれからの小さな企業であるかもしれない。
 
 事業の中心は不動産である。売り上げの8割が不動産販売で、商業不動産でVincom、レジデンス不動産で高級なVinhome及び中級のVincity、旅行関連でVinpearlのブランドをもつ。いずれもベトナムでは馴染み深いブランド名である。即席めんで得た利益を発展著しいベトナムの不動産に投資、恐らく政府との強いつながりも確立し圧倒的な利益を上げたのであろう。今では、自動車、病院、教育、などいろんな事業を展開している。そのなかでも特に最近注目されているのが自動車事業の参入である。
 

〇新しい事業に投資、電気自動車事業への参入。


 自動車業界参入のスピード感が断トツである。2017年に自動車産業の参入を発表、2019年から生産を始め2022年にはガソリン車の生産をやめて電気自動車製造への転換を開始している。私は自動車業界の方とも仕事をしたことがあり、ほんの少しではあるが自動車を製造することの難しさ、厳しさ、経験の必要性を自分の体験として知っていた。2017年頃このニュースを聞いていた時、「東南アジアしかも製造経験の全くない不動産会社ができるはずがない。ベトナムにはサプライヤーチェーンもない。絶対無理だ」と思っていた。それが今では2年で立ち上げたガソリン車の製造の中止を宣言し、100%電気自動車に切り替えることを宣言し、それを実行に移している。日本企業にはないスピード感である。
 
 「なぜこれほど短期間で自動車業界に参入できたのか」疑問に思っていたのだが、もともとはBMWのプラットフォームを使用しており、は、BMWの旧モデルのハードウエアを利用しているようである。恐らくサプライチェーンもBMWのものをほぼそのまま活用して品質を維持しているのであろう。からくりはあったのだが、そのような現実的な戦略をもって自動車業界に参入したのは素晴らしい経営判断だと思う。
 

〇他にも新しい事業に参入、でも売上と利益はまだ不動産事業から。


 ビングループの2021年の売上をみると、以下のような状況である。
 
 2021年売上 全体 128,665,000百万ドン(約7,781億円,100.0%)
        不動産 84,888,000百万ドン(約5,133億円, 66.0%)
        産業 14,478,000百万ドン(約876億円, 11.3%)
 
 2021年粗利 全体 40,270,000百万ドン(約2,435億円)
        不動産 54,222,000百万ドン(約3,279億円)
        産業 -11,004,000百万ドン(-約665億円、赤字)
 
 上記記載してはいないが、ホスピタリティ・エンターテインメントの分野も売上は小さく、粗利では赤字を出している。つまり、利益の源泉は不動産販売のみでまだ他の事業はほとんど利益に貢献していないのがわかる。また、2021年の全体では税引前利益で赤字を計上している。恐らく自動車業界をはじめ減価償却の負担が大きく、まだ不動産以外の事業で利益はでていないのであろう。
 
 2022年上期の売上をみると、前年同月比で-20.7%の48,418,000百万ドン(約2,928億円)、粗利は前年同月比-28.7%(約716億円)で減収減益傾向である。今年はベトナム政府がインフレ対策などあり不動産関連の融資を引き締めている。不動産関連事業はいずれも影響を受けており、ビングループも例にもれず苦戦を強いられているかもしれない。
 

〇電気自動車事業でのアグレッシブな動き。


 特にビングループの動きで目をみはるのがここ数年の自動車業界の参入から電気自動車へのシフトである。先にも述べたようにグループ下にVinFastを立ち上げてアナウンスから2年後には自動車の販売までこぎつけ、3年後にはガソリン車の生産をやめて電気自動車にシフトしてしまうのから驚きである。不動産販売以外の売上はいずれも小さく、グループ全体へのインパクトは少ない。自動車事業は唯一海外を相手に事業展開しており、ビングループが戦略的に大きく力を入れているのがわかる。
 
 CES 2022ではVinFastのCEOのLe Thi Thu ThuyがVF9をアピール、その写真はよくネットでも見かける。英語のサイトでも一定の知名度は得たようである。米国での投資計画も発表、2024年からノースカロライナ州で年間15万台のキャパの工場を稼働させる予定だ。SUVのVF8及びVF9モデルを生産するようだが、初めはベトナム工場から輸入し、現地生産に切り替える予定である。VF5, 6, 7はいずれもベトナムからの輸入になるようである。バッテリー工場を合わせた投資額は6,500百万ドル(約9,316億円)にもなる巨大な投資である。ちなみに欧州では工場の建設予定はないが、ドイツ、フランス、オランダに合計50か所の販売拠点立つ上げる予定を発表している。ベトナム国内ではまだガソリン車が一般的であり日系をはじめ海外勢が強い。まだ、ベトナムでも地位を固めないうちに電気自動車でベトナムと海外に同時に攻めているほどアグレッシブだ。
 
 人材面では2021年7月にVolkswagenアメリカの副社長でOpelのCEOとしてOpelの電気自動車戦略を進めていたMichael Lohschellerst氏を招き、海外戦略を進めている。欧州と米国のマーケットに明るい人材を採用しているのはさすがである。
 
 電気自動車といえばその電池の設計・製造が重要であるが、そのあたりの戦略も抜かりがない。グループ下にVinESを立ち上げて電池事業に戦略的に投資している。2021年には全個体電池を開発している台湾のプロロジウムテクノロジーに出資し、次世代電池にも布石を打っている。韓国のLG化学とはVinESとの合弁でベトナムのハイフォン省にリチウムイオン電池の工場を建設している。また、中国のGotion Hi-TechとVinESとの合弁でLFP(リン酸鉄リチウムイオン電池)の工場の建設がハティン省で決まっている。
 
 これまで電気自動車だけに注目してきたが、自動運転にも力をいれている。カンホア省ニャチャンの島ではビングループのVinBigdataがホアチェという島でレベル4の実験をしており、ネット上で試験の様子も公開されている。この辺り、ビングループのVinpearlブランドのリゾート地のバスの運営などに採用することを視野にいれているようであるが、いずれにしても自動運転技術も磨きをかけているようだ。
 

〇ベトナムの最もアグレッシブな企業としてビングループに注目。


 このような発展途上国では、政府とのコネと資金力があれば不動産は大きな利益をもたらす。政府とのコネがあれば土地が確保できるし、そこから土地開発すれば莫大な利益をもたらすからである。不動産で短期間に拡大した企業であるので、日系の自動車産業のように歴史があるわけでなく、しがらみもない。不動産で得た利益を惜しみなく新しい事業に投資している。
 
 電気自動車はテスラのような新しくかつ実力もある企業もあれば、欧州の自動車会社を中心に既存の会社も電気自動車に力を入れている。VinFastとVinESが勝ち抜いていくのはそう簡単ではないはずだ。そのような競争の激しい中で、不動産で得た利益を投資してグローバル企業として布石をどんどんうっているビングループに今後も注目である。

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