象形文字
奇跡。そんなものを私は経験したことがない。強いて言えば、在る年のクリスマス時期に地下鉄なんば駅出口をすぐのところで、アントニオ猪木を目撃したことくらいだ。人だかりがあったので、何事かと思ったのだ。猪木はサンタ・クロースの恰好をして赤くなっていた。赤いアントキノイノキ。ちなみにトナカイは居なかったが、猪木は選挙カーのような、天井にステージのようなものが組まれた自動車の上に乗っていた。そして「いち・に・さん・ダー!」をやっていた。あと「元気ですか!」とか「ボンバ・イエ!」とかやっていた。まるで私はその一部始終を見ていたようだが、実は見ていた。
そういえば、在る年の忘年会シーズンに、棋士のひふみんこと加藤一二三を目撃したのを思い出した。大阪は天王寺アポロビル近くの広場だった。ここでも人だかりがあった。ひふみんは何か歌を唄っていたような気がする。私は急いでいたのであまりひふみんをじっくり見ることは出来なかった。
猪木やひふみんを見たことを自慢出来たらいいのに。自慢しても良かったのかも知れない。自慢する人もいるのだろう。でも私は彼らを目撃したことが特に嬉しくもなんともなかった。だから自慢するという発想がなかった。綺麗な女優さんとかを目撃したい。そしたら自慢する。そしたら奇跡だと思う。ミラクル。
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存在しないだろう神様、そんな無存在に向かって祈る、願う。ゼロに向かって叫ぶ。0人の神様に。いや、しかし「何もない」という無存在に向かって祈ったり願ったりするなんてやっぱりバカげているように思えてくる。なのでせめて実体のあるものに願い事を言ってみることにする。
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私は同じ職場の女性にお願いしてみた。
「僕とキスしてください」
「はい。どうぞキスしましょう」
私は彼女のくちびると自分のくちびるを合わせた。舌が絡み合う。唾液のくちゅくちゅという音が聞こえてくる。私は興奮し、思わず彼女のあそこに触れる。嗚呼奇跡。
しかし、そこにあるはずのないものがあるではないか。ゼロのであるはずのところがゼロではない!
「あああぁああぁあぁぁぁああぁ!」
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私はそこで初めて気づいたのだ。「1」という文字が、象形文字だということに!
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ここまで読んだ人は、今後「1」という数字を見るたびに、おちんちんを連想してしまうことだろう。