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未知との遭遇

金融機関に入って8年目、30歳となり、相応の知識も得てきた頃だ(松井秀喜がジャイアンからニューヨークヤンキースへ移籍した年)。

思い起こすと、事業者との交渉だとかが楽しく、やりがいを感じていた頃かもしれない。ただ比較的に綺麗な仕事であったから、そのように思っていたのだとも思う。
綺麗な仕事とは、正常な事業者との取引であり、その逆は誰もが嫌がる不良債権処理だ。

やりたくはなかったが、平成14年から僕の不良債権処理のキャリアが始まった。

株式会社◯◯ス
これが一番最初に巻き込まれた案件だ。
衣料品販売業 高級婦人服の販売店。夫婦と長女の3人で経営。ウチの🏦はサブであったが常に資金繰りは非常に多忙であった。

財務収支は表向きは若干の利益計上。しかし財務の先には相当な暗闇がある事は実態とまるで違う現場を見れば容易に推測できた。
代表者借入金は数千万円。資本と見做せば…、と思うが全て代表者個人が街金から調達(笑)
当時は今ほど規制が厳しくなく、こわい顔したおじさんが閉店間際に集金に来ていた。

「メインでもないし…。」と思っていたが、何故か、何とかしたい。とも感じていた。
ぼくは社長一家と収益改善のため、一部の商品を委託販売にしたり、メーカーとの取り扱い手数料、価格交渉もやり始めた。

しかし、それは突然だった。

ある月末の夜10時頃にその社長さんから携帯に連絡が来た。ぼくは帰宅して晩ごはんを食べ、2歳の娘をお風呂に入れてミルクを飲ませていた。

「すまない、今日〇〇銀行で不渡りを出した」

「え!ホントですか!街金の手形ですよね?となると、ウチには月曜日の午後には手形交換所から通知が来ます、落ちなかった街金には早ければ火曜日には不渡り報告がされます!早く弁護士へ連絡してください!」

「いや、実は街金から手形を落としたかどうかの確認の連絡があって、いずれわかる事だから不渡りになった事を伝えたよ。今頃、こっちに向かっているんじゃないかな。弁護士はこんな夜中に通じないよ。どうすればいいかな。」

てか、メインじゃねーし。
なんで僕なの?
とも思ったが、「わかりました、弁護士は僕がお世話になっている〇〇弁護士でもいいですか?」、了解を得た。

〇〇弁護士に連絡。
了解してもらえたが、週末であったのでアルコールを飲んでしまっていたため、今は無理。
明日朝一に対応してもらえる事になった。

社長に連絡。

「ありがとう。明日の朝まで店にいるよ。もう街金も外にいるから出れないし。耐えてみるよ」と。幸い、奥さんと娘さんは知人の家に匿ってもらっているらしい。街金の狙いは出来れば現金、次に商品だ。委託販売の商品もあり彼らの狙いはわかっていた。
そこは阻止したい。

警察に連絡したらしいが、街金には屯しないように注意し、店の近くで状況を見守ってくれているだけとの事だった。

受任通知を貼ってもらうまで約10時間。
耐えられるかな。
もう、ぼくも飲んじゃおうかな?とも思ったが、我慢出来ず、奥さんに「行ってくる」と伝えた。
奥さんは「うん、わかった。ちょっと待って」と言ってキッチンに向かった。

実家に帰らせて頂きます!と言われるかと思った。

ぼくは慌てて着替えた。なんだか知らないけど、普段着でもいいのにスーツに着替えた。

娘はスヤスヤと眠っていた。その顔は今でもはっきりと思い出す。

靴を履いたところで、奥さんが「これ。社長さんに渡して。お父さんの分もあるから」と。

…  温かいおにぎりだった。

有り難かった。
そして、ぼくは社長がいる事業所に向かった。
お店の前には品川ナンバーのベンツ、大阪ナンバーもあった。
店の前に屯する7.8人ぐらいのおじさん達がいた。少し遠くに車を停めて、歩いて向かった。

「兄ちゃん、どこの業者や?」

「いや、ぼくは銀行屋です(信用金庫だけど)」
「銀行屋か?何しに来たんだ、代わりに払ってもらえるんか?」
「それはない。悪いけど、うちは土地建物、店舗内の在庫一式に担保設定させてもらってる。ウチより先順位にいる業者さんはいないはず。いますか? という事でウチが一番に交渉させてもらう。社長にも了解してもらっている。ちょっと開けてもらえますか?」

警察官もその場に居たので、何故かそんな程度の理由でおじさん達に理解してもらえた(笑)

屯していたおじさん達が道を開けてくれた。
…まるでモーゼの十戒のようにお店まで道が開いた

次はウチだ!
ウチは◯百万だ!
ウチは先週貸したばっかりだ!
とかで業者さんが揉め始めている間に玄関を開けてもらい、中に入り込んだ。

そこには、汗だくで憔悴しきった社長さんがいた。

「○○社長、だいじょうぶですか?」
「あぁ、大丈夫だ。ありがとう。…心のどこかで来てくれると思っていたよ」

「あのぅ。… 思わないでくださいよ(笑)」

[つづく]



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