「だからあなたの成功はいまの程度なのでは?」
基本的な考え方として誰かの期待(や好み)に応えるような形で音楽をやってこなかった
「でもだからあなたの成功はいまの程度なのでは?」
そう言われ、返す言葉がなかった。
とても傷ついたけど事実でもあると認められる。多勢に迎合することはぼくの主義ではない。でも闇雲に理解されないことを追求しているわけでもない。
しかしその言い放った主は、
「常に自分らしくリアルに生きる」
を提唱していて、NHKのニュースすら洗脳でしかないと言う。自分の感じる現実をよりどころにして生きていくことだと。
しかし、大衆に自分の存在に対する理解をその一端でも求めるならば、世に反乱している圧倒的に多数の人が信じているものを否定は出来ないと思う、これは僕が間違っているのだろうか?正解なんてそもそも存在しないともおもう。
音楽に関する自分の心情を慎重に記すならば、過去数十年に渡ってぼくが最ももがき続けていることはまさに前出の「リアルであること」いや「リアルになる瞬間を可能な限り持つこと」かも知れない。作曲であろうが、DJであろうが、演奏でもなにかしら自分の自然な意識ではない、なにかの影響下にあってやらされている感覚、それからの脱却。
この一点に尽きる。
そしてこれの成功率はなかなか上がらない。
しかしその低い確率で達成出来たいくつかの瞬間は何にも代え難い喜びを僕にもたらし、その都度今死んでもいいかも知れない、とさえ感じさせる。自分の全てが感情になり感性になる瞬間とも言える。
出どころの不明な涙がこみ上げ、声は震え全身に力がみなぎる。
このさき音楽(に限らず)を表現する者としてどれだけそんな感覚を体験出来るんだろうか。
奇しくもいま、音楽産業が迎えてる時代はデータから紐解かれたマーケティング戦略で最も効率よく多くに受け入れられるものを生み出す仕組みとそれをエンゲージする仕組みであふれ、
それらを上手く活用するクリエイターも多数いる。
有用なものは何でも取り入れていいと思う。
でも、かっこをつける訳ではなくたとえ世界から黙殺されてもリアルであり続け、前のめりに死んでいくことを厭わない芸術的表現者。
僕は選べるなら後者でいたいし、願わくばそういう存在たちに
一定の光があたる世界であってほしい。
2020.5.14 大沢伸一
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