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新写真集「things and seen」いよいよ今月末リリースです! エピソードNo.1
今回の写真集には文章がついていません。リストをご覧になっても分かる通り、場所も年代もランダムです。これってなんなんだろう、と思うかもしれません。それでも成り立ってしまうのですから写真集って不思議ですよね。
イメージは詩のように作った人の経験を超えて、それを見た人それぞれの記憶に関わる鍵のようなものになっていることが多々あります。映画の断片が、ストーリーとは関係ない自分の記憶を急に引き出してしまったりすることがあるようにです。今回の写真集はそんな鍵のコレクションのようなものだと思ってもらえればです。
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そうはいっても、撮影者のエピソードも聞いてみたいという方もいらっしゃると思うので、今日は表紙の写真について書いてみたいと思います。
黄色く光ったシダ類なんですかね、僕にはこの時、黄金に光って見えました。葉と葉の重なりがまるで幻影のようで何度もまばたきをしました。とてもサイケデリックな体験でした。
この場所は「Devil’s Bathtub」と言われる沼で、ニューヨーク州のモンローカウンティにある公園の中にあります。公園といっても本格的なトレッキングコースがあるくらいの大きな公園です。少しだけ丘を上がると入口があってそこからすり鉢状に窪んだ場所の底の方にある沼です。周りは自然林が茂って沼の全景はすぐには見えません。薄暗く、まさに悪魔の風呂場という名前がぴったりの場所です。
僕が通っていた大学から車で30分くらいのところにあって、その名前と場所のおどろおどろしさに惹かれてよくひとりで行っていました。ちょうどツインピークスがアメリカのテレビで流行っていた頃です。
この写真は去年の夏に撮ったものですが、ちょうど去年が僕がその大学に行き始めた年から30年目でした。卒業してから一度も戻ったことがなかったので、キリのいい年だし、もう一度自分の青春時代を過ごした場所を訪ねてみるのもいいかもと思い立ったのです。大学には5年間いましたから、2019年から5年間は毎年いろんな季節に戻ってこようと思いました。そんな矢先のコロナ禍でしたから早くも計画は中断してしまっていますが、時期がきたら再開するつもりです。
話が逸れてしまいましたが、この場所は本当に人がいなくて、なんというか、とても不思議な時間を過ごせる場所です。ただボーッとしているのには無用心だけど、とはいってもピリピリ張り詰めた雰囲気でもなく、ただ水面を一匹の蛇が泳いでいくのをじっと眺めながらオカルトとスピリチュアルの間ぐらいの生ぬるい幻想感覚で浸れる場所です。自然と一体化するでもなく、対話したいかどうかは別として、悪魔も昼間は留守みたいだし、本当に留守中の知らない家の風呂場の入り口に立っている夢のような感じです。
ところで、こういう場所が実際の狂気を引きつけるのは、名前のせいなのか、立地条件のせいなのかわかりませんが、この場所は2009年と2016年の二つの殺人事件の死体遺棄未遂の場所としても知られるようになっていました。どちらも実際の殺人は別の場所で起こり、死体、もしくは関係する証拠を犯人がこの沼に沈めにきていたところを逮捕されています。何か良くないことを引きつけそうな、しかしすんでのところで、清らかさがキープされている聖地のようにも思えます。
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若木信吾の「つかずはなれず」写真講座
写真家の若木信吾です。 写真に関するあれこれです。写真家たちのインタビューや、ちょっとした技術的なこと、僕の周辺で起こっていること、それら…
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