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Episode #6 ロチェスターのベトナム料理

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 30年ぶりに戻ったロチェスターで、最初の夜に行った店は全く馴染みのない、ネットで検索した中華の人気店だった。こじんまりとした店構えと、味は悪くないが、込み合った夜のレストランにひとりで食べに行くのはいつでも気がひける。デートスポットにでもなっているような人気店にひとり並んで、4人テーブルをひとりで使ってオーダーも1人分というのはなんだか申し訳ない気がしてしまうのだ。

 翌日のランチは馴染みの、といっても30年前の大学生当時通っていた、ベトナム料理の店に行ってみた。周りの景色はすっかり変わってしまっていて、本当にこの店なのかと疑ってしまうほどだったが、記憶の断片を紡ぎなおして、なんとか確信できるまでこぎつけた。この店の隣にあった美容室で髪の毛を脱色してもらって金髪にしてもらっていた。最初は黒髪を明るい金髪になるまで脱色するのに4時間くらいかかった気がする。それからは月に一度は通ってさらに白髪に近いとこまで色を抜いてもらって、そのうち飽きてきて最後には真っ赤に染めてもらってピエロのようになってしまったのを覚えている。その美容師の女性はとても気さくで良いかんじだったが、夕方になるとマッチョなボーイフレンドが迎えに来て、僕の脱色が終わって彼女の仕事が終わるまで店の中をうろうろして待っているのがどうも気になった。今もうその店も無くなっていた。 

 「duc hoa」という、そのベトナムレストランの名前はベトナムの県の名前なのだが、自分にとっては入り口のアヒルの丸焼きがぶら下がっているガラスケースのイメージが強すぎて、ずっとduck hoaだと今の今まで勘違いしていた。女店主はもちろん歳をとっていたが、当時の面影を残していて、話しかけると、「あー、なんとなく覚えてるかも」という曖昧な返事をしながらも、当時一緒に働いていた妹は別の場所に移ったとか、家族のことをいろいろ話してくれて、当時はそれほど興味も持てなかったその人の家族事情を今となってまるで親戚の話のように近しい気持ちで聞くことができた。

 店内は僕ひとりだったから、食べている間延々と話し相手になってくれていたが、そのうち、ちらほらと人が入り始め、忙しくなってきたと店主はテーブルを離れていった。こちらから話しかけておいてなんだが、ひとりになれた開放感と、この店もちゃんとお客さんがいてやっていけてるんだなというお節介な安心感で満足しながら、斜め前の窓際に置いてある鉢に寄り添う花を見ていた。

 鉢に反射した花の赤がぼんやりと光ってその店に唯一咲いていたその花をいっそう際立たせていた。まるで花自身が自分の見せ方をとてもよく知っているかのようだ。食べ終わって店を出ようかと思ったが、その花に当たっている光がなくなるまで見ていたかったので、ベトナムコーヒーを注文した。


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写真家の若木信吾です。 写真に関するあれこれです。写真家たちのインタビューや、ちょっとした技術的なこと、僕の周辺で起こっていること、それら…

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