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EPISODE #3 サンディエゴ、ジェリーの家

 2019年の3月、 詩人のジェローム ローゼンバーグ氏のお宅を訪ねた。詩人の伊藤比呂美さんが住んでいた家の目と鼻の先にあり、奥さんのダイアンさんとふたりで住んでいる。彼らは同じ87歳、とても元気だ。今日は大ちゃん(今回UCSDの大学院のレクチャーで呼んでくれた宮尾教授)が、インタビュアーだ。ジェリーさん(ジェロームさんの略称)の家は住みはじめて40年経つということだがとても綺麗な外観とインテリアも素敵だ。部屋の数がとても多く、部屋の壁のいたるところに写真や絵や、アメリカインディアンを始め様々な部族のお面がかかっている。

 ジェリーさんはethnopoeticsを提唱した人で、文字を持たない民族の伝統や踊りや歌を使った口承伝統を、西洋の詩のスタイルを使って民族の持つ熱気や生気といったものを失わずに文字化して記録しようという試みだ。彼の著作は100冊以上もあり、そう簡単に彼の成し遂げた偉業をたどることは難しいほどの詩の世界の巨人だが、その小柄な体躯と穏やかな雰囲気は、写真で見る鋭い目つきと威厳のある雰囲気とは全く違っていて、同じ空間にいてとても居心地がいい。奥さんのダイアンさんとは子供の頃からの幼なじみの関係が発展して今に至るというから、運命のふたりとはこういうものなのだろう。

 ダイアンさんは人類学者で、イロコイインディアンの研究をしていたことでも有名だ。ダイアンさんはとにかく元気でその小柄な体から出すエネルギーは周りを明るくし続ける。ふたりとも耳もいいし、声もはっきりしている。今でもサンフランシスコまでの8時間ドライブを平気でしているらしい。2人の詳しいインタビューは大ちゃんがしているから、MONKEYのVOL.21の記事を読んでほしい。お土産に買ってきた地元で人気の店のドーナッツを食べてコーヒーを飲みながら2人の話を聞くのはとても楽しく、あっという間に陽が傾いてきた。


 休憩をとり、家の中を紹介してもらい、その後写真を撮らせてもらった。部族のお面や彫刻よりも目が止まってしまうのは、キッチンにさりげなく貼ってある彼ら夫妻の若かりし頃の写真。とても良い写真。その下には雑にタバコやマッチが置いてある。他人から見るとただ雑然として見えるそのタバコたちだが、よく考えると、タバコのような嗜好品で消費していくものをおく場所になっているということだ。僕も財布や車の鍵や携帯をまとめてひとつの置き場所を家の中に決めてある。そこはある意味一番必要とされるものが集まって置かれている場所だ。彼らにとってその写真がとても大事なものの置き場所の目印になっているのだろう。守り神のようなものだ。毎日タバコを吸おうとするたびにそれを見て何かを感じ、何かを思い出したり、今の自分と比べたりしているのだろう。毎日同じ写真を見ても飽きないというのはこういうことだろう。


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写真家の若木信吾です。 写真に関するあれこれです。写真家たちのインタビューや、ちょっとした技術的なこと、僕の周辺で起こっていること、それら…

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