「動物園」(小説)

「動物園」
 
 風が吹く音がした。外を見ると雨はもう止んでいて、陽の光が雲の隙間から差し込んでいた。
「そろそろ出かけないか?」
 僕は言った。
「ええ、そうね。」
 彼女は気怠そうに言った。そしてベッドの中でモソモソと下着を拾い集め、伸びをした。「今何時かしら?」
 僕は壁の時計を見た。
「2時5分」
 彼女はぼんやりと僕の顔を見た。
「ずいぶん寝てしまったみたいね。」
「疲れていたんだよ。夕べは一日中働いてたんだから。」
「ええ。でもこんなのって嫌よ。起きたらもうお昼過ぎで、太陽がてっぺんを過ぎちゃってて、ちょっと用事をしているうちに夕方なんて。なんだか自分がすり減っちゃってるみたい。」
「考え過ぎだよ。」
 僕は笑って言った。
「毎日一生懸命働いて、たまの休みぐらいゆっくり眠るといいよ。それに今からだって遅くない。動物園に行く約束だろう?」
「今から?」
 彼女は驚いた。
「だって今から行ったって、そんなに長くいられないわよ?」
「夕方の動物園には夕方の動物園の趣きというものがあるものだよ。ゾウやキリンなんかが帰り支度を始めててさ、ゴリラやパンダが夕食の準備に取り掛かってるんだ。」
 彼女は笑って言った。
「不思議ね。あなたが言うと、行ってみようっていう気分になるんだから。」
 動物園は予想に反して混んでいた。
 夕方とはいえ日曜日だし、子ども連れで賑わっていた。ゾウやキリンの檻の前は子どもたちに占領されていたし、ゴリラやパンダは気怠そうに檻の隅で身体を休めていた。それでも彼女は楽しそうだった。
「ねえ、ナマケモノを見てみたいわ。」
「ナマケモノ?」
「この奥のコーナーにいるはずよ。一日中木にぶら下がって寝ているの。なんだか休みの日の私たちみたいじゃない?」
 ナマケモノたちは予想に違わずじっと木の上で眠っているようだった。それを見て彼女は嬉しそうだった。
「ほら、あの奥の子、あなたにそっくりじゃない?いつも眠そうにしているでしょう、あなた。」
「いつもじゃないよ。」
 僕は少し傷ついて言った。
「そんなに本気にしなくていいのよ。冗談なんだから。」
 彼女は上機嫌に言った。

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