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2021.10.20.wed. そういえばコオロギの音もきこえなくなった。

「ぼろさせぼろさせとコオロギが鳴く」祖母はそう言っていたようだが、ほかにも「針させぼろさせ」「肩させ裾させ綴(つづ)れ刺せ」などの言い方もあるようで、ツヅレサセコオロギなんて名のコオロギまでいるらしい。

「ぼろさせ」とは「継ぎをあてろ」という意味だろう。寒くなるから肩や背中に綿とか詰めたりして冬に向けて準備なさいよ、ということだと理解している。しかし、いまどき「継ぎあて」なんて言葉じたいあるのかどうか。[pinterest] なんかで、おしゃれな継ぎあては見るけれど、もっと別の名前がついているんじゃないかな。

小学生のときに、友人の家に遊びにいったら、薄暗い部屋の中でお母さんが繕い物をしていた。という記憶がある。まあ、記憶はウソをつくというからな。そんな本もあったし。私が読んだのはジョン・コートルという人が書いた『記憶は噓をつく』(講談社/1997年)という本だけど、記憶も何も、この本の内容なんてもうすっかり忘れてしまった。

で、その友だちのお母さんの姿というのは、私の ”記憶の嘘” という可能性は否めないが、友人じたいはいつも継ぎをあてた靴下を履いていた。これは確かだ。でもそれは穴があいたから継ぎをしたのではなく、はじめから補強するための継ぎだと友人からきいたのか、そのお母さんからきいたのか、はたまた私がその話を母にしたら、そう言ったのかだったと思う。

始末のいいおうちなのだと、しっかりしたお母さんだからちゃんとそうやって長持ちするようにしてるのよ。という話は母からきいた覚えがあるから、その時の話だったのかもしれない。うちの母とは比べ物にならないような、ちょっと躾の厳しいお母さんだったようだ。

いまから半世紀も前の話だが、時代は高度成長の真只中だ。新しいものが出れば買い、ちょっと壊れたり、古くなったら簡単に捨て、というような風潮の中、つましく堅実に暮らすという家がどれだけあっただろう。祖母の言う「ぼろさせぼろさせとコオロギが鳴く」晩秋の感じと、薄暗い部屋の中で繕い物をしている友人のお母さんのイメージが重なる。

だんだん冷えてきた。遅くなったけど、今夜は鍋にでもしようかな。



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