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【ホラー】佇む女

急停車した電車。それが、すべての始まりだった──
夏休み、いとこの貴斗に東京を案内していた時に目撃した一瞬の出来事が、17歳の綾の世界を永遠に歪めた。
その日以来、綾の心に忍び寄る違和感。
友人・由香の目には映らない、綾だけが見る光景。
背後から感じる視線の正体は何なのか。
突如もたらされた衝撃の知らせが、すべてを深い闇へと誘う。
私たちの知る現実のすぐ隣で、もう一つの世界が姿を現し始めていた──

*************

ジャンル:ホラー

出演

  • 綾:水原絵理

  • 貴斗:稲村忠憲

  • 由香:池尾麻里

  • 千賀子:辻本裕子

スタッフ

  • 作・演出:山本憲司

  • プロデュース:田中見希子

  • 録音:小澤浩幸


『佇む女』シナリオ

登場人物
 綾  (17) 高校生
 由香 (17) 綾の親友
 千賀子(45) 綾の母
 貴斗たかと (16) 綾のいとこ

   急停車する電車。耳をつんざくブレーキ。
   重い衝撃音。
   大勢の悲鳴。
綾M「……一瞬の出来事だった。普段は使わない路線の駅で、夏休みにいとこの貴斗君が田舎から出てきたので、東京案内をしてた最中のことだ」
貴斗「やべー、これが東京かあ!」
綾「こんなの滅多にないよ。電車の飛び込みなんて……」
貴斗「トラウマになりそー!」
綾「だね……」
綾M「そのあと、そんなことを忘れたかのように私たちは明るく振る舞った。スカイツリーのエレベーターの中で貴斗君がぼそっとつぶやいた一回を除いて」
貴斗「なんかさあ……一瞬目が合ったような気がしなかった?」
綾「え?」
貴斗「あ、いや、なんでもない。聞かなかったことにして」
綾「もー、思い出さないようにしてたのにー」
貴斗「ごめんごめん(笑う)」
綾M「その言葉を聞いて、どきっとした。同じことを思ってたからだ。でも、そんな考えは頭の外に追い出して、貴斗君との夏休みを楽しむようにした。その日、家に帰ったら、なぜか夜に、熱が出た」
   朝、蝉の声。
   ドア開く。
綾「行ってきまーす!」
   自転車を漕ぐ。
綾M「あっという間に夏休みも終わり、二学期はいやおうなくやってきた。あれから貴斗君からはお礼のラインが一回来てそれっきり。二人ともあの日のことに触れることはなかった」
   教室のざわめき。
由香「あーや!」
綾「え、うそ! チケット取れたの?」
由香「へへーん」
綾「由香のお父さん、ほんとに偉い人なんだ」
由香「別に偉くはないよ。親父の会社がこのライブのスポンサーしてるってだけ」
綾「絶対取れないと思ってたー!」
由香「しかもほら、三・列・目!」
綾「すっごー! ほぼかぶりつき席じゃん!」
由香「感謝してよねー」
綾「ジェルソンズのコント、生で見れるなんて夢みたい! 愛してるっ由香ーっ!」
由香「ちょ、ちょ、ちょっとやめてよもーっ!」
綾・由香「(じゃれる)」
綾「あー、今週末楽しみーっ!」
   駅のホームの雑踏。
綾M「普段は自転車で高校に通ってるから、電車に乗るのは夏休み以来だった」
由香「どうかした?」
綾「うん……いや、ちょっとやなこと思い出しちゃって」
由香「え、なになに? やなことって?」
綾「うん……」
   (回想)急停車する電車のブレーキ音。
由香「なんか顔色……大丈夫?」
綾「平気……」
由香「ごめん。聞いちゃいけなかった?」
綾「いや、全然いいよ。平気だから」
由香「平気な顔には見えないけどなあ」
綾「大丈夫だって」
由香「無理しないほうがいいよ」
綾「平気だって。しつこいよ!」
由香「わかったよ」
   電車のドア閉まる。
綾M「電車はそれほど混んでなくて、席がちらほら空いていた」
由香「じゃああたしこっち。綾は……あ、向かい空いてるよ」
綾「うん」
綾M「しかし……」
綾「うん?」
由香「どうかした?」
綾「……どこ?」
由香「え? そこ」
綾「そこ……(どこ?)」
綾M「由香が指すがわに、席は空いていなかった」
綾「(困惑)あ、うん……」
由香「どしたの?」
綾「うん……あ、由香は座って」
由香「座んないの?」
綾「うん……あのーあれ、ダイエット中なんで」
由香「は? うそでしょ。綾が?」
綾「えへへ」
由香「ダイエットなんかする子じゃないじゃん」
綾「うっさいな。あたしがダイエットしちゃいけないの?」
由香「マジかー。あーもう、こっち座られちゃったじゃん」
綾「あ、ごめん」
由香「じゃああたしこっち座るからね」
綾「え?」
由香「よいしょっと(座る)」
綾M「こっちの席は今いっぱいだったはず。なのに……」
由香「ねえ、綾、綾」
綾「うん?」
由香「カバン持ったげよっか?」
綾「あ、いや、大丈夫……」
綾M「どうして由香は座れた? 由香が座れる隙間なんてなかったはずなのに。どういうこと?」
   ライブ会場。
   大勢の笑い声。
綾M「ジェルソンズのコントは最高だった。と、言いたいところだけど、さっきの電車のことで頭がいっぱいで、せっかくのライブは楽しめなかった……」
   カフェ店内。
   飲み物が置かれる。
由香「いやーよかったねー!」
綾「うん……」
由香「あたしやっぱ、ゾンビのやつかなぁ!」
綾「うん」
由香「一見よくあるコントの入り方なんだけど、(吹き出す)あんな死に方したくないよねー(また笑う)」
綾「そうだね」
由香「ほんとあいつらにしか出せない空気感だよね。最高だよね。なんか公式に上がってるのからまたちょっとブラッシュアップしてたよね。こりゃ今度のキングオブコント行けるかもしんないね。楽しみ〜」
綾「そうね」
由香「ねえ、綾、大丈夫?」
綾「……ごめん……正直言うと……あんま体調よくないかも」
由香「え? やっぱり? 珍しくあったかいのなんか頼むから」
綾「うん……(お茶をすする)」
由香「そっか」
綾M「その時突然、なにか視線のようなものを感じた。どっかから見られてる。誰が見てるかはわからないけど確実に。体調がよくないなんて、でまかせ言ったからか、ほんとに悪寒のようなものに体全体が包まれて、頭がぐらぐらしてきた」
由香「このあとだけどさ、あたし買いたいものがあって新宿(に)」
綾「(遮り)ごめん!」
由香「……え?」
綾「やっぱあたし……先に帰るわ」
由香「そう……。そうだね。それがいいよ」
綾「ごめんね」
由香「いいって。帰って早く寝な」
綾「ほんとごめん」
由香「いいっていいって」
   街を歩く足音。
綾M「さっき感じた視線は一体なんだったのか。周りを見回しても、私を見ている人を見つけることはできなかった。でもそれは、はっきりと突き刺すように強い意志を持っているように感じた。あれは一体……」
   駅のホーム。
   電車のドアが開く。
   乗り込む。
綾M「帰りの電車はガランとしていた。なんだか急に体中から疲れがあふれ出てきて、座席に倒れ込むように座った。そして……」
綾「ハッ!」
綾M「……とうとう視線の正体を知った。窓を背にして座っている私の眼の前の席に、女の人が座っていた。ちょっと年上くらいの……頬がげっそりとやせて、落ちくぼんだ目はギラギラして、まっすぐに、こっちを見ている。向かいの席にはその女の人ひとりだけ。なのに席の真ん中の私の真正面に座っている。知ってる人? いや、会ったことはないはず。どうしてこっちを見てるの? 目を逸らした。こっちだって見ていることは同じだからだ。手元のスマホに目を落とした。でもやっぱり視線が気になる。この人はまだこっちを見ている、という確信がある。あっ、そうだ! 思い出した。行きの電車にもこの人はいた! 座れないと思った、あの席に」
   スマホのバイブが鳴る。
綾「お母さん……?」
   タップ。
綾「(言いながら入力)い、ま、で、ん、し、ゃ、だ、か、ら」
綾M「母が電話してくることなんて滅多にない。不思議だ。ラインを打ち終わると、またあの女の人の視線が気になった。顔を上げるのが怖い。伏せた目を上げられなくなった。でも、そうこうしているうち、なんだかだんだん腹が立ってきた。私、なんかやった? 大体失礼じゃない? 人のことをじっと見るなんて。そうだ。なんにもやってないんだし。堂々とすればいいんだ、うん。何も悪くない。そんなにじっと見るんなら、私から」
綾「……え?」
綾M「顔を上げると、女の人はいなくなってた」
綾「どこ……」
綾M「ラインを打ってる間に席を立ったのかな。そう思ってたら、突然体が今までになくゾーッと強い寒気に襲われて、ぶるぶるっと震えた。横だ! すぐ横で荒い息遣いがする。隣、真横に、真横にいる! あの女の人が! 見れない。見れない。見ちゃいけない。見ちゃいけない。見ちゃいけない。見ちゃ……とうとう耐えきれず、目だけを横に向けた」
綾「ハッ!」
綾M「そこにはギョロリと見開いた目をさらに血走らせた女の人の顔面が、顔から3センチぐらいのところに──」
女「(人の息でもなく不気味な音)」
綾「(息をのむ)キャーーーーーーッ!」
   電車のドア開く。
   駆け出してくる足音。
綾「はあ、はあ、はあ……」
綾M「体が反射的に動いて、電車が止まると同時に外に飛び出していた」
   電車のドア閉まる。
   電車、発車する。
   スマホのバイブが鳴る。
綾「(電話に出て)お母さん……(少し泣き声)」
千賀子「綾、どうしたの? 大丈夫?」
綾「(震えて)怖かった……」
千賀子「え? なんかあった? 今どこ?」
綾「今、駅。着いたとこ……」
千賀子「由香ちゃん一緒なんでしょ?」
綾「由香は別行動。私、ひとり」
千賀子「そう。気をつけて帰ってね」
綾「そんなことよりどうしたの?」
千賀子「え?」
綾「何度も電話なんて」
千賀子「ああ、そう。それがね、びっくりしちゃって」
綾「なになに、宝くじても当たった?」
千賀子「そんなんじゃないの。真面目な話。あのね、落ち着いて聞いて。貴斗君が、亡くなったって」
綾「エッ!? え、マジで?」
千賀子「そうなんだって……」
綾「うそでしょ?」
千賀子「お母さんも信じられなくて……」
綾「なんで? 夏休みあんなに元気そうだったよ」
千賀子「それがね、よくわかんないんだけどね……電車に飛び込んだんだって」
綾「エッ? エーッ……」
千賀子「あんた、なんか聞いてない?」
綾「な、何を?」
千賀子「おばさんに聞いたらね、最近貴斗君、どうも悩んでたみたいなのよ」
綾「悩んでた?」
千賀子「それに気づいてあげられなかったって。泣いてた。おばさん」
綾「何? 悩んでたって、何を?」
千賀子「お母さんにもよくわかんないのよ。おばさん泣いてばっかりで……」
綾「え……」
千賀子「なんか、女の人に見られてるとかなんとか言ってたって、貴斗君」
綾「女の人……」
千賀子「なんのことだろうね……ま、とにかく、お通夜の準備あるからあんたも早く帰ってきてね」
   電話切れる。
綾M「女の人……きっとさっきの気持ち悪い人だ。貴斗君も見たんだ。でも、どうして……」
綾「え?」
綾M「顔を上げると、3メートルぐらい先に貴斗君が立っていた……。今、電話で亡くなったって聞いたのに、どういうこと? 混乱した。でも、たしかに目の前に貴斗君がいる」
綾「ねえ……どうしたの? おばさん、心配してるんじゃない?」
綾M「なぜか貴斗君は何も言わずずっとうつむいている。ねえ、なんか喋って」
綾「同じ……電車に乗ってたのかな、私たち」
綾M「近づいていくと、ホームの端に立ってる貴斗君が後退りした」
綾「気を付けて。落ちちゃうよ。ねえ、なんで何も言わないの?」
綾M「そしたら、貴斗君が少しだけ顔を上げた。貴斗君の顔がもっと見たくてさらに近づいた」
綾「おばさん、心配してると思うよ。とりあえず、家来る?」
綾M「そう聞くと、貴斗君がまっすぐ私の顔を見た。真っ青で、なんだかとても悲しそうな顔をしてる」
綾「え、ちょ……大丈夫?」
   遠くから近づいてくる電車。
綾M「手を伸ばして貴斗君に触れようとしたら、なぜか手は宙を切った」
綾「え? 貴斗君?」
綾M「私はいつの間にかホームの端まで来てて、体が前につんのめった」
綾「ハッ!」
貴斗「(人の息でなく不気味な音)」
   電車の急ブレーキ。
   衝撃音。
                               〈終〉

シナリオの著作権は、山本憲司に帰属します。
無許可での転載・複製・改変等の行為は固く禁じます。
このシナリオを使用しての音声・映像作品の制作はご自由にどうぞ。
ただし、以下のクレジットを表記してください。(作品内、もしくは詳細欄など)
【脚本:山本憲司】
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