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【物語】星のごちそうタマゴ #11 試験
「お、お客様!まだ開店前です!無茶を言わないでください!どうかお引き取りください!」
店先で、イセイジンが何者かと、もめている声が聞こえた。オヤッサンが厨房の外へ出てみると、でかくていかつい異星人が店のドアを無理やりくぐって入ってきた。オヤッサンは考えるより先に「へいらっしゃい!」と言ってしまい、直後あわてて「あ、いけねぇ・・・」とぼそっと呟いた。ドアが開くと反応してしまう職業病の一つだった。
「ほら、いらっしゃいと言っただろう。何をごちゃごちゃ言ったりして。」
そのお客さんは、イセイジンに文句を言うと、オヤッサンの立っているカウンターの方へノシノシと近づいてきて、ドスッと椅子に腰かけた。オヤッサンは、参ったなとは思ったが、次の瞬間、頭の中で提供するメニューを組み立て始めていた。そして“大将”のスイッチが入った。
「お客さん、苦手なモノはありますかい?」
「無いけど、まずいものはよしてよね。長旅をしてきて疲れているし、とにかくお腹がすいてるの。とびっきりの料理を頼むわ。」
「へい、承知しやした!」
そう言うと、オヤッサンはひとまず厨房に入っていった。
「お父さん大丈夫?こんなの予想外!」
「そうだな、ショータイム!ってことだな。でも何とかなるさ。こうして試作の品も揃ってるし、それに、この厨房に居る限り、時間は止まってくれてるんだろ?」
「なるほど!そういうことね!」
「お待たせしやした。こちらが前菜の品です。」
大きな客は、小さな小鉢を持ち上げ珍しそうに眺めると一気に口の中へ流し入れた。
「ゲホッゲホッ・・・酸っぱいわね」
「酸っぱいものには疲労回復の力があります。長旅の疲れを少しでも和らげてもらえればと。」
「そう・・・次!」
オヤッサンは厨房に入ると、すぐに熱々の湯気の出た料理を持って出てきた。
「これは、ええっと・・・”タンパク質の丸焼きテリヤキソース仕立て野菜を詰めて”です。」
後ろから娘の笑い声がしたので、オヤッサンは慌てて咳払いをした。客は、人差し指のような部位でタンパク質の表面をなぞり、付いたタレを舐めた。
「・・・甘いわね」
そう言うと、予想外の大きさの口が出現しそのタンパク質の塊を丸ごと平らげてしまった。
「次!」
「へい!」
オヤッサンは、厨房に戻るなり、水を一杯飲み汗を拭いた。
「完全に手探りね。それにあのお客さん表情が無いから、口に合ってるのか合ってないのかさっぱりわからないわね。」
「そうだな。でも意外と悪くないような気もするんだよな。」
そう言うと、オヤッサンは次の料理の準備を始めた。
「どうぞ!出汁巻き卵風です!」
もちろん卵は鶏卵ではない。濃厚な味がする例の”タマゴ”を使っている。火を通すと旨味が出てきて、意外と本物の味に近づいたのだ。客はペロッと一口で食べ終えたかと思うと大きなため息を吐いた。
「・・・アナタ、あのタマゴを加熱したのね!!」
客はブルブルと小刻みに震えた。場が凍り付き、だれもが何かを覚悟したその時「次っ!」と客は叫んだ。
「ふぅー・・・焦ったー」
厨房に戻ったオヤッサンは少し疲れた顔をしていた。
「何?どういうこと?怒ったの?さっぱりわかんないんだけど・・・怖ー」
「自信作だったんだけどなぁ・・・まあ、気を取り直して!」
両手で頬をパンパンと叩くと、気持ちを切り替えて次の準備を始めた。オヤッサンは、カウンターに戻ると桶を右側にセットし、食材を並べたお盆をお客さんが見える位置に置いた。
「さぁ!どれになさいます?」
お盆の中の食材を見せて促した。客は透明の食材を指さした。オヤッサンは、透明な物体を包丁で薄くスライスし、桶の蓋を開けるとシャリのようなものを手に取った。次の瞬間、華麗な手さばきで寿司を握った。客の目が見開いた。
「お寿司です。どうぞ!」
仕上げにハケで醤油風の調味料を塗り差し出した。客は寿司をつまみ上げ口に入れた。またしても目が見開いた。
バンッ!!客は急にカウンターを叩き立ち上がった。
「合格っ!」
直後、パチパチパチ・・・と拍手が鳴り響いた。客と、イセイジンと大きな異星人が拍手をしている。
「えっ?どういうこと?」
オヤッサンと娘は呆気に取られていた。
「だから合格です!」と言って客は体をくねらせ、服を脱ぐ素振りを見せた。それは大きな着ぐるみのようなもので、脱ぐと中からスラっとした美しい女性が現れた。
「私がこの星の責任者、ヤシスの女王です。」
「あ!ひょっとして、これが審査だったの?」
「ごめんなさいね突然。でも、あなたにとって一番力が発揮できるシチュエーションかと思いまして。私が思っていた通り、どれも文句なしのお料理でしたよ。特に、お寿司はさすがね。」
「えっ?じゃあ、あの出汁巻き卵の時は・・・」
オヤッサンは恐る恐る聞いた。
「ああ、あれはびっくりしたわ。私はあの“タマゴ”が大好物で、いつも生で頂くのですが、焼いた方が美味しかったのよ。焼くという発想がなかったし、何か調味料を入れているでしょ?あまりに美味しくてびっくり。」
「なんだ、そういうことだったんですか・・・何かお気に召さないことをやらかしてしまったと思って心臓が口から飛び出そうでしたよ・・・」
オヤッサンが肩をなでおろすと、皆一斉に笑ったのだった。