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【物語】星のごちそうタマゴ #2 刺客

「足のついた骨を、下の白い物無しで」
「・・・ぁぃよ・・・」
 無意識に天井を見上げる大将。すると何かひらめいたのか板場を離れ、厨房の奥へと入って行った。戻ってきた大将が「どうぞ!」と差し出した皿には、いかゲソの唐揚と魚の骨を揚げた骨せんべいが盛られていた。それを見た客は目を丸くしていたが、恐る恐る、ゲソと骨せんべいを箸でまとめて持ち上げムシャムシャと口いっぱいにほおばった。客の顔に笑みが広がった。まるで初めて食べたような表情だった。その客は続いて「透明なタマゴをグラスで」と注文した。「・・・鶏と魚介どちらにしやす?」と大将が聞くと客は少し考えた後「では両方で」と答えた。「あいよ!」大将は返事をすると、冷蔵庫からタッパー取り出し、とろっとした透明なものをスプーンで掬いワイングラスに入れ、その上に、生卵の白身を落とした。醤油を数滴垂らし「どうぞ!」と威勢よく差し出した。客は、グラスを持ち上げマジマジと中の物を眺めた後、一気に口の中へ流し込んだ。「なるほど・・・これは何ですか?」客が尋ねると大将は得意げに「鶏卵の白身とタコの卵です。」と答えた。「そんなものを食べるのですね・・・しかし、悪くないですね。」
するとその客は、大将の後ろの水槽を指さし「その長い物は生で食べられますか?」と聞いた。「すんません、これは生では提供してないんですよ~煮たものがうちのおすすめですよ。アナゴは。」と大将は苦笑いで答えた。「そうなんですね。残念です・・・」と客は水槽を見ながら肩を落とした。その様子を見て大将は、急に思い出したかのように冷蔵庫から何かを取り出しお猪口に流し入れた。それを客の前に出し「これで良ければどうぞ」と差し出した。お猪口の中でにょろにょろと透明の小さな魚がうねっていた。「ノレソレです。アナゴの稚魚になります。」客の顔は、パッと明るくなりお猪口の中でうねる”ノレソレ”を嬉しそうに眺めている。そして一気に口の中に入れると、もぐもぐとよく噛んで平らげた。
 その客は口をハンカチで拭うと「とても良い体験でした。あなたには才能があります。私の所で働いてみませんか?給料は今の百倍出します。」と言った。大将は少し動揺しながら「またご冗談を!お気持ちだけありがたく受け取っておきます。」と言いながら深々と頭を下げた。しかし、その客はいたって真顔で「冗談ではなく、真面目な話です。あなたが必要なんです。どうかご検討を。」そう言うと、胸ポケットから名刺のようなものを取り出し、大将に渡した。白銀めいた派手なカードには「ご連絡はこちらまで」とだけ書いてあり、その下には四角い形が薄く盛り上がっていた。「これは何すかね?」と顔をあげると、もうそこに客はいなかった。驚いた大将は、板場を出て外まで探したがその姿はどこにも無かった。不思議に思い、従業員にも尋ねてみたが、皆口をそろえてそんな客は初めから居なかったと言う。座っていたはずの席にも、名残は一切無かった。

 その日のオヤッサンは、店を閉めるまで、いつもより覇気が無く、上の空という様子だった。しかも急に、居もしない客について尋ねてきたり、どこか変だった。
「ほいじゃ、後はよろしく。お先。」少し低めのトーンで、言い放ちオヤッサンは帰っていった。

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