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行方不明の幼馴染の話 第五話

 『白い少女』を目撃した塾の友達に会える日を、将生に調整してもらう間、僕は近くの図書館に行き、昔話や伝説などの資料を探していた。
 僕の住んでいる地域の図書館は、数年前に中学校と併設し設立された。僕の中学自体も少子化などで二校統合され、その時に区の周辺サービス窓口も併設された複合施設として生まれ変わった。外見だけ見ると、中学校というより大きな区役所みたいに見える。

 図書館で、司書のお姉さんに昔話や伝説を探していると言うと、区のデジタルアーカイブで、地域の話が載っている説話集『中野の昔話・伝説・世間話』の箇所を教えてもらえた。
 縦に長い中野区の、僕の住んでいる地域は南にある。教えてもらった昔話が載っている数も膨大だった。やっぱり、住んでいる場所で絞り込んだ方がいいみたい。

 調べてみると、同じよど橋の昔話なのに、花嫁が登場するものと大蛇が登場するものの二つのパターンがあったり、玉泉寺に象がいた話もあったりして、すごく面白い。おばあちゃんが話してくれた白狐の神様の伝説もあった。こんなにたくさんの昔話があったなんて知らなかったな。
 こういう古い話は、新しい人が来て、すぐに引っ越してしまう土地では失われてしまうんだろうか。僕の知らなかったたくさんの話は、昔は当たり前に知っている人たちがいたのに、いつの間にか知る人はほとんどいなくなってしまったんだ。
 僕の座っているこの土地に居たたくさんの人は、生きて死んで、その記憶はどこにいってしまうんだろう?
――そんなことを考えていると、何だか寂しいような焦るような、不思議な気分でしばらくぼんやりしていた。
 すると、スマホがぶるっと震えた。僕は頭を振って気持ちを切り替え、スマホを見る。ホーム画面には将生から、OKのポーズをしている人の絵文字でメッセージの通知が入っていた。

「――えーーと。どうして美天もいるの……?」
 駅前のファミレスに、塾に用事があった将生がその友達を連れてくる手はずになった。暇を持て余してた比呂と図書館帰りの僕が合流する予定だったのだけれど。
 若干バツの悪そうな、でも好奇心が抑えられない将生が手を振る。隣にはちょっと強張った顔の少年、すました顔でアイスティーを飲んでいる美天が、同じテーブルに座っていた。
 そうだった。美天は将生の同じ塾の同じクラスだった。僕は内心焦りながらも、社交性を発揮した。
 咳払いしてから笑顔をつくり、少年に挨拶をする。
「初めまして、将生の友達で東中野中一年の佐伯翔斗です。今日は来てくれてありがとう」
「あ……、私立玉泉学園中学部一年の斎藤慶さいとう けいです。よろしく」
 この中野周辺は、たくさんの学校が点在してて、斎藤くんは近くの私立らしい。なるほど、近所だ。
「同じく東中野中の田中比呂。よろしく」
 シンプルな感じの挨拶を比呂がしたところで、美天もさらっと自己紹介に加わる。
「私立大園おおぞの中野女子中の出水美天」

――みんな何とも言えず、しばし無言になった。
 そのタイミングで来た店員のお兄さんに、ドリンクバーだけ頼んで、僕は「将生、ちょっと」と呼び付け、通路の隅に引っ張った。比呂も付いて来る。
「何で美天もいるんだよ?」
「いやー、俺たちがその話していた時に、見た奴の一人が出水の友達でさー。その女の子が行くの躊躇してたら、代わりに来るって」
「いや、そうだとしてもさ! せめてラインで言ってくれてもいいでしょ‼」
 小声で詰問する僕は、へらへらする将生に本気でイラッとする。将生と比呂は、僕と美天が最近ちょっと疎遠になっているのを知ってるし、絶対に面白がっているんだ。中学が分かれた女の幼馴染と、気まずくない中坊なんているのだろうか。
「まあまあ、無関係じゃないっぽいし。待たせるのもあれだから」
 比呂が僕と将生の肩をポンポン叩いて取りなす。この分だと比呂は知っていたんだろう。

 僕はため息をついて、取りあえず飲み物を持って戻ることにした。僕は烏龍茶、比呂はジンジャーエールをドリンクバーで注いで席まで移動すると、ものすごく気まずそうな斎藤くんと、顔だけは澄まして見える美天が、無言で待っている。
 将生が斎藤くんの隣に座ると、すかさず比呂が斎藤くんを挟んで隣に座ってしまったので、向かい側に座っている美天の隣に僕が仕方なく座った。
(――二人とも覚えてろよ……)
 将生と比呂への仕返しは、あとでキッチリすることを心に誓う。

「待たせてごめん。えーと、将生から聞いてると思うんだけど、僕は今調べものをしているんだ。その過程でたまたまこの辺りで怪談っぽい出来事があったって聞いて、興味があって話を聞こうと思ったんだけど」
 そこでひと息ついて、斎藤くんを見る。
「大体の話は将生から聞いてるから、いくつか質問してもいい?」
 斎藤くんは頷いた。
「その女の子、『白い少女』を見たのはどの辺り?」
 僕がスマホの地図アプリを呼び出して表示させて見せる。斎藤くんは画面をスライドさせて、場所を拡大してタップしてくれた。
「この辺り」
 そこは、玉泉寺の西側の入り組んだ住宅地の中だった。道を知らないと急に行き止まりになる小道もあって、夜九時を過ぎるとかなり静かな一角だ。

 僕はその場所を地図上で保存して、質問を重ねる。
「その子供は何歳くらいに見えたの? あと、着ている服はどんなだった?」
 斎藤くんは視線を落として、ゆっくり慎重に話してくれた。
「……僕は、友達と別れたあと、最初スマホで音楽を聴きながら帰っていたんだけど、ふとイヤホンに雑音みたいなのが入って、スマホを取り出したんだ。ブルートゥースかワイヤレスイヤホンの調子が悪くなったのかと思って。それで、スマホを操作していて、ふと顔をあげたら、ちょっと先に子供が歩いているのに気が付いた」
 そこで、ちょっと言葉を切って考えるふうに宙を見た。
「それで、どうしてもイヤホンの調子が悪いのが直らなくて外したんだ。歩き始めてから、何かおかしいなって思い始めて。……年齢は小学校低学年くらいかな? 六~八歳くらい。小柄で、顔は見てない。髪は肩より少し長かったから女の子だと思う。そんな年齢の子供が、大人もいないのに夜道を歩いているのは変だよね? 最初は家出か何かなのかなって思ったよ。薄着に見えたから」
「薄着?」
「うん……。でもよく見ると違ったんだ」
 斎藤くんは、テーブルの上に出していた両手を合わせてぎゅっと力を入れる。顔が強張っていた。
「その子、ボロボロの白い着物を着ていた。ボロボロっていうか、土みたいなよくわからない茶色に汚れてて……。足もよく見ると裸足でぺたぺた音がしてた。何ていうか、すごい異様な恰好だって気付いて。びっくりして立ち止まったんだ」

 僕たちは無言で斎藤くんを注視している。斎藤くんがちょっと震えているのがわかった。
「そしたら、その子も立ち止まった。――結構夜遅い時間だけど、普通はもう少し物音がしているはずなのに、その時は本当に周囲が静かで……。僕はだんだん怖くなってきたんだけど、家はその子のいる方向だし、背中を向けて走るのも怖くて。しばらく、っていっても数十秒か一分くらいだと思うけど、その子の背中を凝視してたと思う。――その子、急に左に曲がったんだ。でもおかしくて」
 斎藤くんは顔を上げて僕を見る。
「その子が曲がった道の先は、行き止まりなんだよ」

<第六話へ続く>

参考:中野の文化財 No.11 口承文芸調査報告書 中野の昔話・伝説・世間話(中野区教育委員会)

#創作大賞2024 #ホラー小説部門


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