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行方不明の幼馴染の話 第十一話
長峰さんの家は、古い日本家屋だった。すりガラスと格子の引き戸を開けると、三和土に小石が埋まっている。僕の家も建て替える前はこんな感じだったな、と懐かしく思い出す。
玄関を入ると、うっすらとお線香の匂いが漂ってくる。室内は涼しく、僕はホッとした。
靴を脱いで、先導する長峰さんの後ろを歩く。廊下を進み、左手の引き戸を開けると畳の部屋だった。つやつやとした木でできた低い座卓が置いてある。座っているように言われて待っていると、グラスに氷を浮かべた冷たい緑茶を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「いや、遠慮なく飲みなさい。日に当たりすぎたんだろう」
そう言って、長峰さんも美味そうに緑茶を飲む。僕もありがたく冷たい緑茶を味わった。
涼しい部屋でひと息つけたところで、ようやく頭が回るようになってきた。僕は先ほどの公園での出来事を思い出す。暑さで白昼夢を見たような気分だ。
「……君は、熱中症になりかけるくらい、公園でずっと何かを見ていたようだが」
そう長峰さんに切り出されて、続く言葉に僕は驚きで目を見開いた。
「――小さい子供」
「……え」
「小さい子供を、見たのか。女の子を」
顔色が変わった僕を見て、ため息をついて目を伏せた。
「あれが昼間に現れるのは見たことがなかった。そうか……」
僕は驚いて思わず身を乗り出した。
「あ、あれが見えるんですか?」
「……まあ、そうだね。ここ最近、よく見るようになった」
『白い少女』を見たことがある大人がいると、鈴木さんに訊いたけれど、長峰さんだったのか。
「――あの、実は僕たち、『白い少女』について調べていたんです」
僕は意を決して、長峰さんに僕たちが調べたことを話してみることにした。
玉泉寺の鈴木さんの話が出てくると、それまで黙っていた長峰さんは、「ああ、彼か」と言った。
「鈴木さんをご存じですか」
「寺の若い子だろう。あれは先代の住職の知り合いの息子だと聞いている。彼と知り合いなのかい」
僕は頷く。
「はい。実は『白い少女』のことも、相談していて。ただ、今は忙しい時期なのでちょっと時間が掛かると言われています」
「まあなあ。盂蘭盆会の時期はどうしても動きづらいだろう」
長峰さんは腕を組んだ。『盂蘭盆会』とはお盆のことだよ、と言う。
そうして、僕は本当に久しぶりに悠の家のことを聞いた。
「そうか、君はあの治久丸の家の子供を知っていたんだね」
「……長峰さんは、悠の家を知っているんですか?」
「この辺りで、昔から住んでいる人間があの『治久丸家』を知らない奴なんていないだろうよ」
難しい顔をして、長峰さんはため息をついた。
「……昔あの家は、この辺りでは良くも悪くも有名だったんだ。君は小さかったから、大人の話はわからなかっただろうし、そうでなくても子供に聞かせる話じゃないんだ。
――あの家はこの辺りでは有名な拝み屋だった。明治の終わりくらいに、南からこの土地に流れてきた。家では、その南の方にあった神さんを祀っていたね。……今じゃ考えられないけど、昔は拝み屋に色々頼んでいたこともあったんだ。病気を治すことや失せ物探しなんかをね」
長峰さんはひと息ついてグラスの緑茶を飲む。
「昭和の初めくらいまでは結構繁盛していたようだが、戦争も終わりどんどん世の中が変わっていった。この辺りも空襲でたくさん焼けたから、あの家も、被害を免れなかったのさ……。そこで別の仕事ができればよかったんだろうが、そうはいかなかったんだろう。益々加持祈祷に精を出して、自分たちの神さんを拝んで利益を得るのをやめられなかった。それどころか、信者を集めて宗教まがいのことをやり出した。……その頃には、ここらの人間は、あの家をどうしようもなくなってしまってね。鼻つまみ者として扱うようになった」
そして僕を見た。
「覚えているかい。あの家は、結構大きかっただろう? 奥にね、その神さんを祀るお社があったんだ。空襲ではそこだけ焼け残ったそうだ」
その言葉を聞いた僕は、悠の家に行った記憶が唐突によみがえった。家の奥の、石の祠。そこに蹲る黒々とした何か。
――さっき見た『白い少女』から感じる視線と、同じだった。
「何て言ったかな……。おおりだか、ほうりだか……」
思い出すように長峰さんがつぶやいた。
「ホオリサマ」
僕は悠に言われた言葉を思い出す。『怖いかみさま』。
「ホオリサマ、って昔に悠が言っていました」
「そうそう、ホオリさまだ。ホオリとは祝、つまり神様を祀る職業を祝ともいうんだけどね。彼らの祀る神様もホオリだから、自分たちの先祖を神格化したのかとも思っていたよ」
長峰さんは、なんだかとても詳しかった。
不思議に思ってそう訊くと、昔、高校で歴史を教えていた、と言った。郷土史や民俗学も好きでよく調べているらしい。
「――君は、家神、屋敷神を知っているかい?」
屋敷神、初めて聞く言葉だった。首を横に振る。
「江戸時代辺りから、特に関東近郊では自分の家に神様を祀る社や祠を建てたことがあったんだ。有名なところでは、商売繁盛のために稲荷社なんかを建てたり、場合によっては、自分たちの祖先の氏神様なんかを祀ったり。東京も、一部地域では今でも残っているみたいだけれど、移り変わりが激しい土地だから、普通の家ではあまり見なくなったね。
――話を戻すけれど、あの家も屋敷神を祀っていて、それがホオリサマっていうんだよ。でも、その祀り神の由来は、治久丸家以外、誰も知らない」
「誰も知らない、神様……」
「あの家に昔いた小さい女の子、悠ちゃんのことは、実はみんなかわいそうだと思っていたんだ。でも、迂闊に手を出せなかった。かなりトラブルの多い家だったから。見て見ぬふりをしてしまったんだ。……しかし本当はもっと、大人が介入しなければならなかった。うやむやのまま、一家は消えてしまった。残った土地は、どういう差配かわからないがいつの間にか売られて、今マンションが建っている」
長峰さんが僕をじっと見た。
「君も見ただろう、あの子供。――あれは、もうあの悠という子供ではない、別の何か……。多分、誰も由来を知らないホオリサマに関係したモノだ。神に近い、神ではないモノといえるのかもしれない。近寄ってはいけないモノだ」
そう、諭すように目を見て続けた。
「一つ、効くかどうかわからないが、もし遭遇したらこう言いなさい。
『ウチデハマツラヌ』
――うち、つまり自分たちの家では祀らない、うちの神様ではない、という意思表示だ。アレは元は屋敷神だった。自分のことを祀る家や人を探しているのかもしれない、と私は思っている」
そうして、僕に念を押した。
「寺の対処を待つ間でもいいから覚えておきなさい。君はあの子供に関わりがあった。だから、もしかしたらアレが執着を持っているのかもしれない。昼間に見ることはなかったからね……。一人で出歩くのはしばらくやめておいた方がいい。せめてこの世とあの世が近くなる盂蘭盆会が終わるまでは」