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行方不明の幼馴染の話 第十二話

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 夢を見た。
――恐ろしくて懐かしい忘れられない思い出と、後悔。僕は夢の中で、小三の夏休みに戻っていた。

 あの暑い日、僕は朝から気が急いていた。
 ようやく外出していいと許可をもらい、お昼を食べたあと家を飛び出した。午後から夕立ちが降る予報で、気を付けるように言われていた。
 蝉の声が鳴り響く中、いつも美天や悠と会う公園に向かう。
 真夏の昼下がりの公園は、人影もまばらだった。いつも会う同年代の友達に、美天や悠のことを聞いたけれど、見ていない、と言われた。
 うっかりしていた。せめて美天は、先に家に行って確認すればよかった。
 そこにいてもらちが明かないので、またとんぼ返りで戻ると、美天の家に行く。ピンポンを押したけれど、あいにく家族で外出しているみたいで、反応がなかった。
 僕はがっかりして、トボトボと歩きながら持っていた水筒の飲み物を飲んだ。汗はダラダラと流れていて、道は焼け付くようだった。

 ふと思いつき、もう一つ、町内の奥の方にある少し大きめの公園に向かうことにした。そっちはあまり行くことはなかったけれど悠の家に近かった。
 炎天下の中、公園の入り口に立った。でもこちらは誰も人が居なかった。
 どうしよう。

 何故そんなに気が急いていたのかわからないけれど、何か予感のようなものに突き動かされていた。悠に会わなければ、と。
 けれど、悠の家に一人で行く勇気は持てなかった。
 途方に暮れて、取りあえず日陰を探す。
 大型のブロックが組みあがったような滑り台は、内側に屈めば入れる空間があった。そこへ入り込む。
 太陽の日差しにさらされた遊具は、思ったほど涼しくなかったけれど、日陰ではあったので、そこで少し休むことにした。
 病み上がりなのと、炎天下に走り回ったためか思った以上に疲れてしまい、しばらくぼおっとしていた。
 多分、少し寝てしまったのだと思う。

 ふと気が付くと、狭い遊具の向かい側に悠が座っていた。
(悠! あれから、ずっと気にしていたんだ。でも、僕と美天は熱が出てしまって来られなくて。ごめんね)
 僕はしばらく会えなかったことを一生懸命に弁解していた。
 悠は、笑って首を振る。いいの、と。
 悠は見た感じ元気そうだった。僕は少しホッとした。
(……今日は出て来れたの? 家は大丈夫だった?)
 重ねて訊くと、ちょっと首をかしげてこう言った。
(もうすぐお祭りが行われるから、ちょっとだけ出てきたの。しょう君とみそらちゃんに会いたいなって。しょう君だけでも会えてよかった)

(お祭り?)
 僕は不安になって訊いた。もうすぐこの辺りでお祭りがあるとは聞いたことがなかった。
(家で、決められているお祭り。私が七歳になったから)
 七歳になったら行われるお祭りって何だろう? 何を言っているのかわからなくて不安になる。

(――しょう君、私ね、こわいかみさまに食べられちゃうんだ。七歳になったから)

 悠は静かに、何か達観したような眼差しでそう言った。
 僕は目を瞬いた。『こわいかみさま』って、悠の家の、あの祠のこと? 食べられるって、悠が?
 その時、あの黒々とした靄を思い出した。
 悠の言っている意味がわからなくて混乱した。でも、何か恐ろしいことが行われるという予感があった。
(――でも、大丈夫。私が〇〇になるから……怖くな……)
 悠の声は、急な激しい耳鳴りで聞こえにくくなった。
(悠……? 耳が痛くて聞こえない)
 頭痛がするほどの耳鳴りに、思わず両耳を塞ぐ。
 頭が割れるようだ。

――気が付くと、僕は一人で遊具の中にいた。
 周りを見回しても、そこにいたはずの悠は見当たらない。
(悠! どこ?)
 恐ろしいほどの不安が湧いてくる。
 僕は遊具を飛び出して辺りを見回した。どこにも人影が見当たらない。
 辺りは薄暗くなっている。空を見ると黒い雲が湧いて、強い風が吹いてきていた。
(夕立ちが降りそうだ)
 どのくらい時間が経ったのかわからないけれど、午後から天候が悪くなると聞いたことを思い出した。
 目の前に居たはずの悠も見当たらず、もうすぐ雨も降りそうで、僕はどうしたらいいのかわからず泣きそうな気持ちになった。
 天気が悪くなる前に帰ってきなさい、というおばあちゃんとの約束も思い出す。
 でも、相変わらず焦燥感が募って、悪い予感に胸がつぶれそうだ。

(――悠を探そう)
 僕は意を決して、悠の家に向かうことにした。
 悠の家は、相変わらずお化け屋敷みたいな異様な雰囲気で、門は固く閉ざされたままだ。
 空は、もう、いくらも経たないうちに雨が降りそうで、辺りは薄暗く道に人も居ない。
 来たはいいけれど、正面から入る勇気までは出なかった。
(……そうだ、裏に小さい入り口があった)
 そう思い出し、敷地をぐるっと裏手に回る。裏から少し見るだけなら、多分大丈夫。あの祠の周辺に悠がいないことを確認しよう。

 家の裏を通る細い道を歩いていると、ポツポツと雨が降り出した。あっという間に雨粒が増えていく。暑さで汗をかいた体に振りかかる雨は、べたべたとして気持ち悪かった。
(これからもっと雨が降りそうだ)
 そう思って見上げた視界の端に、明かりのようなものが灯っているのが見えた。
――ちょうど、祠がある中庭の辺り。
(悠の言っていた『お祭り』……?)
 もう始まってしまっているのだろうか?
 木の塀沿いを小走りで通り過ぎ、あの日通った小さな扉の前に来た。
 そおっと音を立てないように引く。鍵は掛かっていないようだ。周囲を見回して人がいないことを確認して、するりと滑り込んだ。

 敷地内に入ると、家の壁沿いの先、生垣を透かして明かりが見えた。普通の電気の明かりとは違う、提灯や何かを燃やしているような、火の明かり。
 足音を立てないように、そろそろと狭い道を歩いていく。何か低く太鼓のような物を叩く音と、読経のような声。読経ならば玉泉寺で聞いたことが何度もあるけれど、それとは違って、節のようなものが付いていて唄のようだった。
 遠く、ゴロゴロという雷鳴を告げる音がする。
 生垣を透かして中庭を見ると、強まる雨の中、祠の前に数人の白い着物のようなものを着た大人が輪になっていた。周囲に、時代劇で見るような木を燃やした明かりが燃えている。傘のようなものを差している人の隣では小さな太鼓を持った人がいて、トン、トン、と単調な音を出していた。
(――これが、悠の言っていた『お祭り』?)
 よく知っている夏の祭とは違って、静かで寒々しく、その頃はそんな言葉は知らなかったけれど、『厳か』という言葉がぴったりだった。降りしきる雨の中、静かな祭が続いていく。

 とてもじゃないけれど、悠を探すような状況ではなかった。でも、この祭は、悠が『かみさまに食べられる』と言った『その祭』なのだろう。
(悠はどこだろう……?)
 ドキドキする胸を押さえながら、できる限り周囲を見回してみる。
 すると、大人たちの中心に、木でできた神輿のような物があるのがわかった。その大部分は人に遮られて見えないけれど、子供の足のようなものが隙間から出ている。

(――!)
 悠だ。そう思った。何か、木の格子状の神輿の内側にいるらしい。

 すると、唄のような声が終わった。
 太鼓は、単調な音ではなく、低く、細かく早くなり、ドコドコドコという地鳴りのような音に、場の雰囲気が変わる。

 ……オオオーーオオオーー
……オオオーーオオオーー
……オオオーーオオオーー

  数人の大人の声は、何か獣の唸り声のような、低いうねりに変化した。
 その向こう。
――祠の辺りから、黒い靄みたいなものがどんどん濃くなっていくのが見えた。
 その黒々としたものは、空中に吹き上がると、何か大きくて太く細長い蛇のような形になっていく。
(――あれは、何)

 靄はどんどん濃く、黒く形成されていく。
 低いうなりは続いていて、それ・・の下には。
 その下には、悠が。
 僕は恐ろしさに、歯の根が合わないくらい震えていた。見ていることしかできなかった。
 黒いものは、ユラユラと動き、まるで鎌首をもたげた蛇のような動きをしたかと思うと、
 中心にある神輿に、悠に向かって、一直線に落ちていった。

 その時、雷鳴が鳴り響き、すぐ近くに、すさまじい音を立てて落ちた。
(――ヒャッ!)
 思わず耳を塞いでしゃがみ込む。悲鳴が喉からこぼれた。
 心臓がすごい勢いで鳴っていた。あの黒いものは、悠の上に落ちていったのだ。
 恐る恐る目を開けて、震えながらまた生垣から透かして見る。すると、中庭にいた大人たちが、何かに気が付いたように辺りを見回していた。

(……ばれた⁉)
 その大人たちの一人、高齢のおばあさんが何かを話すと、一斉に白い着物を着た人たちが、何かを探すような素振りで動き始めた。
――まずい!

 そう思って身を翻し、塀と壁の隙間を急いで通り、小さな扉の前に戻った。
 悠はどうなったのだろう。
 あの黒い靄が落ちたあと、どうなったのかわからなかった。
 でも、とにかく逃げなければ。
(悠、ごめん! また来るから!)
 そうして、僕は強い雨の中、本能に突き動かされるようにその扉から抜け出し、一目散に逃げたのだった。

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<第十三話へ続く>

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