見出し画像

ヴィレッジ岩屋顛末 第1章 三〇三号室 夕羽 第七話①

 それから数日は、通いやすい場所にあるビジネスホテルに連泊した。初めは少し旅行気分が味わえて気分転換になるな、などと呑気にも思った。現実逃避したかったのかもしれない。そういえば、忙しさにかまけてしばらく旅行もしていないことをぼんやり思う。

 ビジネスホテルに泊まっていると、「生活する」ことを考え直さなければならなくなった。コインランドリー利用や常に外食、ホテルは平日以外は割高で、すぐに金銭的な不安が増してきた。当然ながら家賃を払いながら宿泊しているのでできるだけ安く抑えたい。
 カプセルホテルや女性専用ドミトリーなどを利用するようになったのはすぐだった。それまで夕羽は、カプセルホテルに泊まるなんて考えたことはなかった。カプセルホテルは何となく男性が利用する場所だというイメージがあったからだ。
 こんなことになって、「できるだけ安く泊まる方法」で検索したところ、都心にはここ数年で比較的新しくなったドミトリーが豊富にあることがわかった。東京など主要都市は、意外と女性がふらりと泊まれる施設が多いらしい。

 二十四時間ネットカフェや満喫に行かなくてはならないかと不安だったが、少し金額を出せば女性専用のカプセルホテルもある。施設によっては専用のコインロッカーにトランクを預けられることもあった。引っ越ししてすぐで、貯金を切り崩すことになるのは相当痛手だが、だいたい二~三カ月は何とかなりそうだと算段がついた。
 逆に言えば、その期間で解決できなければマンションに戻るか、借金をしてでも引っ越すか決めなければならなかった。

 内心はジリジリとしたものを抱えながら、昼間は普通に仕事をするしかなかった。しかし、休日や寝るまでの時間で少し調べてみるくらいでは、何もわからなかった。
 自分の身の起こっているのが、ある種の心霊現象と仮定して、霊能者に相談すればいいのか、除霊などをするお寺を探せばいいのだろうか。しかも、ネットで検索すれば、膨大な量のサイトや占いの広告までピックアップされてしまい、真偽も不明な内容が多くて探し疲れてしまった。
 それでも諦める気にならなかったのは、部屋を出てからも、断片的な悪夢が続いているからだ。
 延々と山道を歩くだけの時もあったし、別の夢から唐突に岩に囲まれた川が流れる渓谷で佇んでいることもあった。ある時は、同じ顔の少女が何度も頭上から落ちてきて、あたりが血だらけの遺体で埋め尽くされたこともあった。

 でも目が覚めれば、同じ悪夢をなぞっていることがわかる。
 頭を飛び回る羽虫のように、夕羽の気配を追っている。あいつにとっては部屋に居ようが居まいが関係ないようだった。距離が離れていようとも、あの黒い影にとって夕羽は相変わらず獲物なのだ。
 何か身を守る方法はないものかと考えたが、やったことといえばとりあえず会社の近くの神社でお守りを買うことだった。家内安全とか方位除けなら効くかもくらいの気持ちではあったが、ないよりはましだろうと、ひとまとめにして巾着に入れて、なるべく肌身離さず持つ。すると、冗談のようだが悪夢はみなくなった。
 ――悪夢を見せられない代わりに、別のやり方になったのだ。

<日読新聞記事1へ続く>

#ホラー小説 #ミステリー小説

いいなと思ったら応援しよう!