「しゅうちゃんのばあい」
【今日はやすみ?】
土曜日。確かに仕事はお休みであったけれど、昨日、ズル休みをしたので仕事に行こうと支度をしている最中だった。
メールはしゅうちゃんからだった。おや? 土曜日のこんな午前中に。あたしはほとんどおどろいてしまい
【やすみだよ】
仕事に行く予定などなかったことにして急いで返事を返した。あまり俊敏にメールを返すと待ってましたといわんばかりです、なんて思われたくもないなんて今では思いもしない。もうそんな子どもじみた駆け引きなどは無用のそれでなのであたしはすぐに返信を返す。けれどその後は待てど暮らせど返信は来なくてその間をもてあました。けれどとりあえずにうちを出ることにした。
夕方、付き合っている彼のうちに行くことになっている。彼は「ゴルフで」とメールをを寄越し「帰りは19時くらいになります」との敬語なメールで最近はもっぱら季節がいいのかゴルフ三昧だ。何も咎めやしない。「あたしとゴルフどっちが大切なの?」そんな小娘みたいなことを訊いたらきっと目をグルンと回して「ああ、ゴルフ」だというに決まっている。まあ、もうそんなことどうでもいい。
しゅうちゃんから連絡がきたのはちょうど彼のうちの最寄りの駅に着いてからだった。
【どこにいるの?】
【●●駅だよ】
何度目のやり取りを終え、後15分で着くから。そうゆうことになってしゅうちゃんを駅の前にあるコンビニで待った。
最近はこうやってたまに連絡をくれるしなんなら会うこともある。奥さんも子どももいるしゅうちゃん。奥さんにはあたしの存在はバレていて『もう会えない』そういって去っていったしゅうちゃんなのに今また何事もなかったかのように会っている。けれど以前のような情熱的なそれではなく男と女を超えたなにか。友情? あるいは 情か? そっちの言葉の方がしっくりと来る。あたしの「好き」の種類もだいぶ変わった。しゅうちゃんの為に泣くこともなくなった。涙も枯れ果てた。なるほど。そうかもしれない。そんなことを勝手に考えつつ週刊誌を立ち読みし顔がにやけてしまっていた。余裕が出たのだろう。過剰な愛は身も心も破滅をする。もう心が折れるくらいの大恋愛など百万円をくれても首を横にふる。あ、けど百万円ならいいかもあたしはなんて浅ましいんだろうなふふふ自虐的にまた笑った。着いたとメールが来て窓の外を見たら見慣れた車が停まっていた。本を閉じお茶を2本買ってコンビニからきびすを返す。
「おう」
作業着のしゅうちゃん見るのが好きだ。今日は上下茶色の作業着だった。フリーの現場監督なので名刺など所属している会社でつくってもらうので何枚もあるし作業着もその会社ごとに違うものを着るので何着も持っている。
「うん」
おじゃましますそういって助手席に乗り込む。しゅうちゃんはまたおうとこたえて車を走らせた。
「珍しいね。土曜日に」
窓の外の流れる景色を見ながらボソッとつぶやく。秋めいてきたけれどまださほど寒さは感じない。冷房が効いている。
「現場が早く終わって。それで。どうせ彼氏んとこどうせ行くんだろ?」
ゆっくりとしゅうちゃんの方に体を向ける。うん、そうだよとあたしは素直に認めた。彼氏かぁ。しゅうちゃんは浮気。けれどあたしは不倫。彼氏には申し訳ないけれど全く罪悪感などはない。しゅうちゃんは? どうなんだろう。
車はどうしてもラブホテルに足を向ける。あたしたちはなにせ行くところがない。堂々として会うことなどできない。だからラブホテルしかない。悲しい時も会ったけれど今ではラブホテルの存在に感謝している。密かに会える場所。ホテルに停まっている車が全て訳ありのカップルのそれに感じるのはあたしがそうだからだろう。
「職人がパチンコばっかしやってさ。参る。監督もどう? とか誘ってくるし」
今日のしゅうちゃんはやけに愚痴っぽかった。現場近くのビジネスホテルに泊まると必ず職人が『夜遊び』に誘ってくるらしい。断れば済むことでしょ?とはなかなかいえない。男の特に建築の世界はわからない。なので安易なことなどは決していえないから聞き役に徹する。男は話を聞いてもらうのがストレス解消になる。フーゾク嬢のあたしなら無論そんなことわかっている。なので適度なタイミングで相槌を打ちながらうなずいてみせる。
「なんかさ、もうスッキリした」
「え?」
別に寝たい訳ではなかったようでけれどついでという感じで抱かれた。適当に。曖昧な優しさに。いびつな関係に。まるっと抱かれた。
「腰が痛い」
あまりがんばってないくせにと思ったけれど言葉には出さず胸にしまう。だんだん行為も適当になるけれどその分知っている分その時間だけはあたしは嘘でも愛されているんだと思いたい。いや、おこがましいけれど思っている。
「晩飯は? なんか食ってく?」
は? 聞き間違えたのだろうか? しゅうちゃんが晩飯に誘ってくることなどここ何年もないことだったので鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていたに違いない。
「うん」
即答だった。けれど可能な限り家族とご飯を食べるというおきてだったはずなのにどうゆう風の吹きまわしなのだろう。家族の人たちはいないのだろうか。
「ケンタッキーがいい」
「マジでー」
何も訊かないし知らないふりをした方がいい時もある。今が良ければそれでいいのだし今は今しかないのだ。時間は決して戻っては来ない。
「マジで」
ホテルを出るとすっかり夜が降りていたし雨もパラパラと降っていた。
「ドライブスルーにスルー」
「え? なにそれ? ちっとも笑えないんだけど」
スルーってところか? いや別にそんなつもりじゃないからといいながらはにかむしゅうちゃんを横目にあたしはけれどクスクスと笑いしゅうちゃんもまたクスクスと秘密めいた感じで笑う。
お腹がグーグーと調子よく鳴っている。雷も鳴り始め夜空を光らす自然電力にハッとして目を伏せる。
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