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グリーンのマキシワンピース

「あすはどっかにいこうよ。うちにばかりいると酒ばかり呑んじゃうでしょ?」
 お盆休みの真っ只中。
 直人のうちにふいにいくと酒を呑んでソファーで舟を漕いでいたので、目が覚めたタイミングを見計らって提案をしてみる。
 眠たいし気だるそうに口を開く。目を細めて。とゆうか目が糸のようにもともと細い。
「……うん。そうだね」
 気もそぞろ。その単語がぴたりと当てはまるような口調でこたえた。
 気が向いたらね。とつけ足すの忘れずに。
 わたしはやれやれと途方にはもう暮れない。なにせ慣れてしまった。長期休暇はいつもこんなふうだからだ。
 なにせ酒豪で休みとなれば朝から缶ビールのプルタブを引き呑みだす。だから結局車の運転ができなくなるためどこにも出かけれなくなる。
「ラーメンでもいいし、すき家はどうでもいいけど、回る寿司でもいいからいきたいの!」
 心の中ではいえるのになぁ。直人の前ではまるで言葉が出てこない。いつも物分かりのいい女になってしまうというかもう何年も物分かりがいい女を演じている。
 はぁ〜。ソファーが大きなため息をつく。え? ソファーが喋るの? うそでしょ? なんておもいつつも大きなため息は直人でわたしはもう途方に暮れるしか選択の余地はなかった。

「寝るわ」
 直人は先に布団に入り横になってしまった。まだ夜の8時前で晩飯も食べてはいない。けれど寝ないでなどといえなくてうんわかったとまた物分かりのいい女を演じる。
 お腹すいたなぁ。おもてはおもいきりなんだそれという感じで雨が降っている。もう雨ばっかし。ローソンにいこうとしてやめる。なにか食べるものないかな。と冷蔵庫や食料棚を物色すると賞味期限の切れた佐藤のご飯がワンパックだけあり、まあいっかとレンジでチンをし、塩をふりかけて食べた。
(う、うまい……)
 地味に美味しくて唸る。空腹だとなんでも美味しいことをあらためて学んだ。けれど一体直人は今日なにを食べたのだろう。食べた痕跡もないし、食べにでもいったのだろうか。すき家にでも。
 もうすることがなくなりわたしも眠る準備をし直人の隣に横になる。眠気はすぐにやってきて(睡眠薬)いつの間にか直人の気配に包まれて眠っていた。

 真夜中。直人が動いた気配がし目が覚める。横向きにされてマキシワンピースを捲られて挿入をされる。無言で受け入れ無言で終わる。
 わたしはこれを待っている。直人の直人を。それを愛だと間違えているのならそれでいい。わたしは直人の直人が素直でたくましくて好きなのだから。
 そのご、直人は何度もトイレに出向く。
「お腹が痛い」
「大丈夫? 無理させて。ごめん」
 いや、それはさ違うしといい苦笑いを浮かべ、わたしの頬を優しく撫でた。なおちゃんなんでいつもそんなに優しいの? わたしのことをそんなふうに扱うの? 
「おやすみ」
 わたしたちはふたたび手をつないでまた眠りにつく。

【会社にいってきます。帰りは10時くらい】

 朝もどんよりとした雨が降っていた。隣にはもう直人の姿はなくてそのかわりメールが残されていた。
 10時くらい? まあ、朝だよなとおもいつつ時間を確認すると9時だった。直人はいつ出ていったのだろう。こんなお盆に? 仕事? まさか? 「?」ばかりが頭の中に浮かぶ。帰ってきたらご飯食べにいけるかな。わたしはきちんと顔を洗い身支度をし直人の帰宅を待っていた。けれど10時を過ぎても帰ってこなくて結局待てずにコメダにいった。

【コメダにいます。帰ったら連絡をください】

 コメダはなんかしらないけれど混んでいた。相席などできないのでしばらく待つことになり待っていた。
 まだモーニングが間に合う時間だしな。わたしも待っているひとたちにまじって一緒に待つ。
 朝からひとりでこうやってモーニングにくる女はどうみてもわたしだけだった。家族連れや友達同士、婆様軍団。それぞれが団体だった。
 なんばんでお待ちの〇〇サン〜と呼ばれはいと返事をし席に座る。
「えーっともう時間過ぎてますが、モーニングはつきますので……」
「おねがします」
 Aセットを示してからスマホの画面をみる。まだ直人からの連絡はなかった。11時半過ぎになっていた。
 食べてからも連絡もなくなにかあったのかとおもい不安になってうちに戻る。案の定というか想定外に直人がまた布団の中にいてまあるくなっていた。
「ど、どうしたの? 調子悪い?」
 調子が悪いから横になってるに決まっているけれど訊いてみる。
「……あうん。ごめん。メールしてなくて。スッゲー下痢と吐き気で」
「胃腸風邪じゃないの?」
 確かに顔色悪く痩せた気がしないでもない。わたしはさらにつづける。
「なにか食べれる?」
 いや無理。大食いなのにまさかのこたえに逆におどろく。
「酒だけは飲める」
 呆れてしまった。
「呑みすぎだよ。それ。ただの」
「知ってる」
 昨日から焼き豚2枚だけしか食べていないのになんでお腹が痛くなるんだろうと首をかしげる。知らんし。わたしはなにもいえずにただ直人の顔をみつめていた。
「ローソンにいってくるからさ、アイスは? どう?」
「いらない」
 ほんとうに調子が悪そうだったからわたしも一緒に横になっていた。
 雨はまだ止んではいない。
 なんでこんなに降るの? おかしいね。もう猛暑はないかな。お盆過ぎたし。
 そうだね。残暑はあるんじゃないの。あ、高校野球みるかな。
 そういってやっと立ち上がる。
「佐藤のごはん買ってきたからお粥にして食べる」
「え? 食べれるの? お粥つくるよ」
 煮るだけじゃんと直人が笑う。つくるっておおおげさなとさらにつけ足して。
「そのワンピースさ、かわいいね。みどり色。似合うよ。カエルみたい」
「いやいやどうもどうも」
 気に入りのワンピースを着ていた。いつでも出かけれるように。グリーンのマキシワンピースを。
「雨だし、カエルが鳴いてた。川沿いで」
「へぇ〜。そうなんだ」
 お粥をつくったというか煮たのなんてほとんどないことだったから変な感じがした。けれど直人はビールを嗜みながらお粥を食べた。美味い美味いといいながら。
「なおちゃんさあまり飲みすぎないでね」
 小姑のようであまりこの台詞をいいたくなどはなくていったことはなかったけれど流石にこんなに参っている直人を目の前にしてその台詞をいわないことなどことさらできなかった。

 お盆休みが終わる。

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