バイキンマンの菌種同定の試み――バイキンマンはグラム陽性桿菌説――

細菌感染症の治療や予防のために、抗生物質が使用されます。
感染症を引き起こす細菌にはたくさんの種類があるので、それに応じて適切な抗生物質を選択しなければなりません。抗生物質を効果的に使用するためには、病気を起こしている細菌をきっちり見極める必要があるのです。

グラム染色という、色素で細菌に色をつける染色があります。グラム染色の染め上がりによって、細菌はグラム陽性菌とグラム陰性菌に大別されます。グラム染色で青く染色されるのがグラム陽性菌、赤く染色されるのがグラム陰性菌です。この染色性は細菌の表面構造の違いによってもたらされるものであり、グラム陽性菌か陰性菌かによって使用できる抗生物質が異なってくるので、病気を起こしている細菌の種類を突き止める、つまり菌種の同定という作業はとても重要になってきます。

細菌は形状によってもいくつかに分けることができます。丸いのが球菌、細長いのが桿菌、ネジのように曲がりくねっていたり、らせん状やコンマ状のものがらせん菌です。

グラム陽性で丸い形をしているものはグラム陽性球菌といって、連鎖球菌やブドウ球菌が代表的な細菌です。グラム陰性で細長いものはグラム陰性桿菌で、大腸菌やサルモネラなどがいます。
細菌を同定するためにはその他様々な性状も調べていく必要がありますが、まずはグラム染色と形状によって大まかに細菌がどのグループに属しているのかを把握します。

細菌感染症では、抗生物質の選択をはじめ適切な治療を進めていくうえで、病気を引き起こしている細菌をきっちり見極めて同定していくことが大切なのです。

このことを念頭に置いた上で、アンパンマンに登場する悪役キャラクターであるバイキンマンの姿を思い浮かべてみてください。数々の悪事を働き街の平穏を脅かすバイキンマンも、アンパンチでむやみにやっつける前にまずは同定を試みることで、対処法が見えてくるかもしれません。

なんでもかんでもアンパンチというのは、むやみに抗生物質を使って薬剤耐性菌を生み出してしまう懸念があります。

バイキンマンの同定を進めていくにあたって、バイキンマンがグラム陽性菌であるということに異論はないでしょう。あの全体的に濃い紫色をしたバイキンマンの体色は、誰がどう見たってグラム陽性菌です。

バイキンマンがグラム陽性菌であるとして、球菌か、それとも桿菌なのか、あるいはらせん菌なのか。形が変則的な形状を示すらせん菌ではないということは明らかですよね。それでは球菌か桿菌かどちらでしょうか。バイキンマンの丸い形をした頭部の部分だけを捉えて、球菌だとする考えもあるかもしれません。しかしそうなると、頭部から角のように生えている2本の突起状のものが何なのか説明できません。私は、バイキンマンの全体像から考えて桿菌だと思っています。頭部から突き出ている2本の角と手足は、細菌が運動器官として持っている鞭毛(べんもう)と考えています。

バイキンマンはグラム陽性桿菌ですが、グラム陽性桿菌の中にも非常にたくさんの細菌が含まれています。ラクトバチルス、ビフィズス菌、リステリア、ノカルジア、エリシペロトリックス、コリネバクテリウム、アクチノマイセス、デルマトフィルス、ロドコッカス、抗酸菌、バチルス、クロストリジウムなど・・・。

散々悪事を働いているバイキンマンですから、お腹の調子を整えるラクトバチルスやビフィズス菌では決してないでしょう。

ときに重篤な病気を引き起こすこともあるけど、一般的に健康な成人では無症状のことも多いリステリアというイメージもあまりありません。ノカルジア、エリシペロトリックス、コリネバクテリウム、アクチノマイセス、デルマトフィルス、ロドコッカスなどは、菌の形状が細長くて繊細だったり、少し湾曲していたり、サイズが小さかったりして、バイキンマンの形態的な特徴とは少しかけ離れている気がします。

通常の消毒薬では効きにくい結核菌を含む抗酸菌のしぶとさや打たれ強さは、バイキンマンを思わせるところがあります。しかし、抗酸菌は他のグラム陽性桿菌とは構造が違うところがあって、グラム染色ではっきり青く染まってきません。

残るはバチルスかクロストリジウムとなりました。バチルスやクロストリジウムの中にも、さらにたくさんの細菌が含まれています。

バチルスの中には炭疽菌やセレウス菌など人や動物に病気を起こす細菌のほか、枯草菌や納豆菌といった有用な菌もいます。しかし、枯草菌や納豆菌ほどの有用性はバイキンマンにはなさそうです。かといって、バイキンマンがもしテロにも利用されたことがある炭疽菌ほどの悪い存在であったなら、アンパンマンやジャムおじさんがオートクレーブという病原体を死滅させる装置を用いて、見つけ次第徹底的に滅菌していることと思います。ちなみにアフリカではカバが炭疽菌に感染して集団死する事例が度々発生しており、カバは炭疽に感受性が高いといわれています。アンパンマンに登場するカバオくんが全身性出血や血液凝固不全、突然死といった炭疽の徴候を示していないことから考えても、バイキンマンは炭疽菌ではないと言えます。

もしカバオくんを病理解剖する機会があって、お腹の臓器を観察したときに大きく腫れ上がった脾臓が見つかったときは、炭疽の可能性があります。その時はむやみに解剖を進めないで、最小限のサンプリングに留めて解剖を中止してくださいね。

セレウス菌はヒトに食中毒を起こす細菌で、産生する毒素の種類によって下痢型と嘔吐型の二つのタイプの症状を示します。セレウス菌がいくつかの毒素を作り出して病気を引き起こすところは、数々の武器を駆使して悪さを働くバイキンマンとイメージが重なるところがあるので保留しておきます。

次はクロストリジウムを考えてみます。クロストリジウムは、ボツリヌス菌、破傷風菌、ウェルシュ菌、ディフィシル菌などが代表的な細菌です。ディフィシル菌は不適切な抗菌薬の投与によって腸内細菌のバランスが崩れた時に増えてくるので、自発的に悪さをするバイキンマンとは違うでしょう。バイキンマンには鞭毛を思わせる角や手足があることから、クロストリジウムの仲間では例外的に鞭毛を持たないウェルシュ菌も除外できます。破傷風菌は少量の菌数でも感染が可能で強い強直性けいれんを起こすところが、ちょっとバイキンマンっぽくありません。

バイキンマンの同定を試みた結果、セレウス菌とボツリヌス菌が候補に残りました。ここで、バイキンマンの頭部に注目してみます。桿菌は通常、すらっとした細長い棒のような形状をしています。ところがバイキンマンの棒状の胴体の上には、頭のように見える丸いものが乗っています。バイキンマンの丸い頭部と思われるものは、もしかしたら芽胞ではないでしょうか。

芽胞とは、ある種の細菌が作る強い耐久性を持った丸い構造物で、細菌にとって増殖に不利な環境に置かれると、芽胞を作って生き残りを図ります。芽胞が作られる場所は細菌によって決まっています。セレウス菌は菌体の真ん中に、ボツリヌス菌は菌体の端っこに芽胞が作られます。

以上、バイキンマンの頭部は芽胞、角や手足は鞭毛だとすると、バイキンマンはボツリヌス菌ではないかという結論に至りました。芽胞というのはなかなか厄介な存在で、通常の加熱調理や消毒薬では簡単に死滅されません。アンパンマンも中途半端に手加減をするから、バイキンマンが完全に滅菌されずに芽胞として生き残り、何度も何度も悪さを働くのでしょう。

次はドキンちゃん。
ドキンちゃんは体の色からしてグラム陰性桿菌と考えられます。せわしなく動き回る感じや、ときに味方か敵か分からなくなるような日和見的な存在から、ドキンちゃんはプロテウス属菌説を述べておきます。じゃあコキンちゃんは?となりますが、コキンちゃんはグラム染色で染められた細菌ではありません。レフレルのメチレンブルー染色という、グラム染色とは別の染色で淡いブルーに染められた桿菌です。

バイキンマンがボツリヌス菌だとすると偏性嫌気性菌だから、酸素が存在する大気中では活発に活動できないのではという異論があるかもしれません。実はバイキンマンが乗っているUFOみたいな乗り物は、嫌気性菌を培養するときに使用される嫌気ジャーの役割をしています。乗り物の中にはアネロパックという酸素吸着剤を入れていて、嫌気環境を維持しているのでしょう。それだったら乗り物から外に出てきたときに生存できないだろう、という意見もあると思います。ところがその時は、プロテウス属菌であるドキンちゃんが環境中の酸化還元電位を下げることで、偏性嫌気性菌であるバイキンマンも生存できるようになっているのです。

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