デジタルツールの活用は進むだろうが、それは「どうして可能なのか」に目を向けること
この動画では、Apple認定校である関西大学初等部の様子が紹介されている。当たり前のようにiPadを全員が使い、「ミューズ学習」や自由な移動を伴った授業などを通して、ロジカル思考や創造的な活動を行う。
ギヨーム・ピトロン(2022)『なぜデジタル社会は「持続不可能」なのか』(原書房)を読んでいるために、こういった状況は「どのようにして」形作られてきたのか、その背景を知ることの重要性を思う。こうした子どもたちの活動の背景には、多くの鉱山労働者やデータセンターが存在しているし、その活動には大きなエネルギーを要する。
とはいえ、こういったデジタルの流れを止めることはできないだろう。もはやスマートフォン一つを見失っただけで、色んなことが出来なくなってしまう社会だ。こういったデジタルツールに慣れる必要もあるだろう。
ただ、そういった環境が当たり前ではなく、誰かの労力によって形作られ、何らかのエネルギーを消費していることは、忘れてはならないだろうと思う。もはやデジタル社会では、「いつでも使えること」が求められる。動画の中でも教員が「機動性」の話を持ち出す。しかしそれは簡単なことではない。「休みなくネットサーフィンする何十億人という利用者を満足させなければならない」。「ネットは眠ることはなく、ネットを使う時に待ち時間があるのはもう許せない」(ギヨーム・ピトロン2022)のだ。