変わるものvs変わらないもの論争
高校と大学で圧倒的に違うことの一つに、大学生になると、あらゆる場で恋バナが起こるということがあげられる。
中高6年間女子校だと、友達と恋愛の話になることがあまりない。女子校は学生時代における恋愛以外の楽しいことをすべて詰め込んだような場所だから、恋バナ以外に話したいことが多すぎて、恋バナは後回しにされるという稀有なことが起こる。(それでも恋バナしているグループはいくつかあったが)
大学生活では、隙があれば恋バナになる。話題に欠いたらとりあえず恋バナ。初対面の人とも恋バナ。最初はそのカルチャーの違いにびっくりした。だけど、やっぱり恋バナは楽しくて、話のネタとして絶対に盛り上がるから、慣れてきたら自分から吹っ掛けてしまうことも増えた。また恋バナになってしまった……と思いながら、会話に積極的に参加して、自分のしょうもない恋愛観やしょぼい恋愛遍歴をひとしきり語ってしまう。そして、いつもなんでこんなに話しちゃったんだろう……と反省する。今年の目標として、恋バナにおいて聞き手に徹するを掲げておく。
恋バナの鉄板ネタとして、恋愛において何を重視するか論争があげられる。
優しいか、面白いか、身長はどうなのか、顔が整っているか……
この話を初めて振られたとき、みんなかなり高い理想を掲げているなと思った。
そして、いざ自分の番になったとき、困った。あまり考えたことがないから。でもそういうのがないって言ったら誰でも良いと言っているようなものだから、それもちょっと違う。
結局、その場は適当に納め、帰りの電車で、自分の心情を反映させつつ場を盛り上げる適切な返しをずっと考えていた。そこで出た答えがこれ。
顔や身長など変わらないものは重視しない。
でも、髪型や性格など変わるものは重視する。
簡潔で良い答えだと思った。
実際、恋バナのときにこれを言ってみたら、共感してもらえて、場も盛り上がった。よし!これからのこのテンプレを使いまくろう!
そう思い、半年くらい使い続けてきたこのテンプレも期限切れになってきた。
きっかけは、何が何でも顔と身長を重視する理想の高い女の子からの言葉。
その子が言うに、私の考えはダメな男にひっかかる答えらしい。
「ダメな男は、最初はめちゃめちゃ性格が良く、そこに惹かれて交際をしても、交際を始めた途端今まで隠していたダメなところが出てくる。でも、最初の優しさを知っているから、ダメなところはきっと変わるはず!と信じて依存しやすくなる。だから、その考え方は危険だ」
なんだそりゃ!?屁理屈じゃないか!?
そう思った私は、なんとか返答をしようと思いあぐねていた。
結局考えまくって、出た答えは、顔とか身長だって、年をとったら変わるから、この世には絶対に変わらないものなんてないということ。
平家物語で聴いたことのあるフレーズ。
祇園精舎の鐘の声。諸行無常の響きあり。
もはや哲学の話になってしまった。
恋愛の話を突き詰めると、いつも哲学的な思想に陥ってしまう。
理詰めで考えて、本来は楽しむべき場が討論会みたいになって、恋愛って難しいねって、実際に恋したときに悩めばいいことに悩んで。
もっと気楽に恋愛話をしたい。
その場のノリで、深入りはしないで、表面的な会話を楽しみたい。
それでも考えずにはいられない。理屈っぽく考えて、難しい難しいって無駄に悩んでいる時間は、嫌いじゃないから。
悩まなくてもいいことに頭を使うことは、一見無駄に感じるけれど、そこまで悩めるならまだ私は大丈夫なんだと思える。こういう風に悩むことで、心が荒むこともあるけれど、それも含めて悩むことは私の生きがいなのかもしれない。
未だnoteの使い方がわかっておらず更新がかなり滞っているけど、自分のどうでもいい悩みを話す場にしていこうかな、なんて思ったり。