ヤリチンepisode note.8 暗がりで殺って
3年前くらいだったろうか。
2月のまだまだ寒く、乾燥した平日にオフィスでコソコソ連絡を取り合っていた女性との記憶だった。
付き合って、3ヶ月になる。
彼女はとにかく大人しい、色白で影の薄いタイプの女性だった。
日中は物流会社の事務員として、まさに影を隠すように暮らしていた。
彼女とは身体の相性がとてもよかった。
大人しい女性が、夜に狩を始める動物のように身体を求めるギャップにはいつも驚かされる。
して、事が終わるとそそくさとメガネをかけて。
いつもの大人しい様子と、先程までの激烈な様子の間にいるような顔つきで、
申し訳なさそうに僕の腕の中で眠る。
本当にそのまま、「にゃん」とでも言いそうだなぁ。
といつも考えていた。
良いミミズの見分け方
彼女の手首には、なかなかに凄まじい傷跡が残っていた。
もう少し言えば、太もも、肩筋にも、ミミズ腫れのような傷が残されていた。
こんな女性には、今までかなり出くわしてきた僕は、少し判断基準を持っている。
まずミミズの大きさだ。
腕に何匹のミミズを培養しているか、これはあまりその人の人格を現さない。
最も顕著に体に出てくるのは、そのミミズの分厚さだ。
人間の肌、肉は深くえぐれればえぐられるほど、その治癒の過程で逆に皮膚を膨らませて再生する。
身体に残った傷の分厚さは、その女性のこの世界から逃げ出したいという覚悟を物語っている。
彼女が大切に飼育する、そのミミズの強度は。
僕が人生で数多経験した女性の中でも、2番目か、3番目の力強さを持っていた。
管理不足
ある夜、ふと彼女の家に遊びに行っていた時のことだった。
ネットショップで、、、
あれは浄水器か何かを頼もうと思っていた時だった。
彼女の携帯で購入画面に進み、
トイレか何かのタイミングで、「あとやっといて」と彼女は携帯を手渡した。
僕は購入を終えると、必ず決済が完了しているか。
「購入履歴」のページを開く癖がついている。
この日買った浄水器は確かに購入履歴に含まれていたが、
そのちょうど2日前に買ったものに少し衝撃を受けた。
どう考えても限度を超えたサバイバルナイフ。
それと猿轡。
少し背筋が凍る気がした。
僕はそろそろ、しっかり話すことにした。
美しい世界
想定していた言葉とは全く逆のベクトルから。
彼女は僕に突き刺さるような声を漏らした。
僕が心底彼女に惚れてしまった。
その理由がわかるだろう。
この世界は美しいんだ。
俺はミカのこと大切だよ。
俺がいるんだから、そんなことは考えない。
彼女は初めて、僕の前で発狂した。
僕は黙るしかなかった。
苦しく過呼吸になりながら、発狂した自分をすぐに取り戻した彼女は懇願するように言った。
僕は涙が止まらなかった。
彼女の美しさに比べたら、この世界はまだまだ醜悪すぎる。
俺は隣にいる。それだけ。
今日は寝よう。休みにリフレッシュだ。
何も上手い事が言えない僕は、彼女の部屋から親御さんの連絡先を探し出すことしかできなかった。
こっそり連絡を入れ聞いてみると、東京に出るまではしばらく精神科に入院をしていたようだ。
次の休み
僕は彼女を実家まで送った。
彼女はお母さんに手を取られて、絶望しているんだか、安堵しているんだか。どっちつかずの表情。
そのどれもが、絵を見るようだった。
僕は何もできない、デクの棒だったが、、
こんな人に恋ができてよかった。
彼女のためだけに、この世界があればいいと思う。