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ローンチから早4ヶ月。Jリーグ統一書体「J.LEAGUE KICK」の未来とスポーツデザインの発展について

2020年9月、Jリーグの試合が再開して3ヶ月。徐々に新しい観戦スタイルが浸透してきた秋あたりに、Jリーグから公式の統一書体「J.LEAGUE KICK TYPEFACE」(以下、KICK)の2021シーズンからの導入決定が発表されました。

発表当初は賛否両論、特に固有の書体を持つクラブのサポーターからは否定的意見がよくSNS上で散見されましたが、レプリカユニフォームの販売や今シーズンの試合を通して、ある程度浸透してきている頃なのではないでしょうか。


一瞬でクラブ単位まで浸透した「KICK」の背景

紆余曲折、賛否両論を乗り越えたKICK。
やはり今年に入ってから各クラブにおいて色々なクリエイティブで使用されているのを見るようになりましたが、正直個人的には「…使いすぎでは?」という感じる場面がたまにあります。
使いすぎというのは回数ではなく、クラブの一つの媒体における使用割合を指します。

例えばSNSでの告知画像。以前までこういったものは各クラブ単位で異なるフォントを用いて制作していたものです。

クリエイティブにリソースを注いでいるクラブではオリジナル書体や市販の決められた書体を用いてある程度統一感を持たせるようなクリエイティブを制作していました。

一方でSNSで告知するような細かい情報のデザインは、未経験の広報担当の方などが制作することが多いと聞きます。瞬発力を持った情報発信においてクリエイティブは重要な役割を持つものの、なかなかそこまで注力するにはハードルが高いようです。

クリエイティブに注力していないクラブ、リソースが割けないようなクラブは、質の低いフリー書体、媒体ごとにバラバラな書体を使用していたようなクラブがあったこともまた事実です。

(※全てのフリー書体を否定している訳ではございません。)

そんなクリエイティブ発展途上のクラブにとって、KICKは強力な味方となりました。毎年どうするか悩んでいたデザイン、それに使用する書体を全てKICKに集約すれば「最低限完成されたデザイン」はほぼ必ず出来上がります。KICKの書体デザインはかの有名なエージェンシーが担当している訳ですから、それも当然です。

ですが便利な面もある一方、それに依存してしまうクラブが増えているということでもあります。その一連の流行により、いわば「KICK依存」のようなクラブが出てきてしまうことを私は非常に恐れています。


KICK依存による問題

先述の通り、この統一書体は有名なエージェンシーによって制作されたものであり、書体として非常に優れた性質を持っています。
視認性の課題を解決するユニバーサルデザイン、数百種類の幅が選択できるバリアブルフォント。

そんな「KICK」は、背番号の視認性という課題をクリアすると同時に、「クリエイティブ発展途上クラブを救う」という大きな使命を持ちJリーグ57クラブの元へ降臨しました。

それ故に、案の定クリエイティブ発展途上クラブをいわば「KICK依存」にし、クラブのアイデンティティが失われるという現象が起きてしまう可能性があります。

スポーツクラブにおけるクリエイティブって、ただ質の高い書体を使用しておけば良いものなのでしょうか?


クラブのアイデンティティをデザインする

デザイナーがおらず、未経験のクラブスタッフでデザイン制作を補っていたクラブのもとにとりわけ質の高い書体がやってきた訳ですから、色んな制作物にそれを組み込みたくなる気持ちも正直わかります。
ですがそこをグッと堪えて私は、クラブのアイデンティティを大事にして頂きたいと感じています。

具体的にどういうことかというと、クラブに合った書体探しの旅をして頂きたいのです。
私の担当クラブでは使用する書体フォーマットを設定しており、メイン書体、選手名用書体、数字書体等、役割ごとに書体を指定してクリエイティブ制作を行なっています。

クラブの方針やストーリー・地域風土とマッチしつつ、アナログ・デジタルの双方で高い視認性が保たれるようなフォーマットを導き出すようにしています。
そう、何より私がビジュアルブランディングを手がける際に重要視しているのが「アイデンティティを表現すること」です。

(書体に限らず全体的なクリエイティブでもそうですが…)「かっこいい物を作る」ということはもちろん重要なのですが、それだけでは他にJリーグに56クラブも(さらに他競技のスポーツクラブも加えた無限数)競合他社がいる環境では今後通用しなくなってくるのではないでしょうか。各クラブデザインを担当されている方には今一度、「ウチにしかできない最高にクールなデザイン」について研究していただきたいと思う次第です。


一番KICKが輝く場所とは

さて、ここまではKICKについて否定的と捉えられかねない文章を書いてきましたが、個人的にKICKは非常に好きです。先述の通りそもそも質が高いのでどんな場面でも使用できる書体です。縦長の書体なので、長いクラブ名の文字数が画面に入りきらないという問題も考えなくて良いでしょう。

ではどんな場面で使用すれば良いか。どんな使い方をすると一番輝くのか。個人的にはこの3つをあげたいと思います。

①背番号
②日付
③リーグ公式に関連するもの

①②の共通点は「シンボル化する数字」というところです。

例えば①背番号、この番号はあの選手という風に、固有の選手を指す唯一の数字です。
②日付はファンにとって、○月○日は〇〇戦だよねという風に、単一の試合を指す数字となります。
併クラブではそういったような短い文字数で表される数字をデザインする際は、ほぼ必ずKICKを使用するようにしています。

③はリーグとしてのブランディングという観点から、統一感を持った伝え方をする際に有効です。

また使用場面を限定することによる恩恵として、KICKが一つのアクセントとして働き、情報の訴求を強めることができます。質が優れた物だからこそ、ここぞの場面で力を発揮するような仕組みを構築することが重要だと感じています。


KICKの未来

そんなこんなでKICK元年となった2021シーズンですが、このコロナ禍という状況でこの書体が登場したことに対し、私は非常に強いメッセージ性を感じます。各クラブここ数年で急速にクリエイティブに力を入れる流れが見られ、今後ますますスポーツ界でもクリエイティブに対する関心が高まっていくのではないでしょうか。

KICKを多用するクラブの増加。それにはこの記事のようなリスクもあるけれど、なによりクリエイティブに注力したいという意思の表れとも受け取れます。

各クラブのJリーグ統一書体の適切な運用に対して、今後も議論を深めていきたいところです。



引用:Jリーグオフィシャルネーム&ナンバー導入について ~2021シーズンから全クラブの選手番号・選手名の書体統一を決定〜【Jリーグ】 https://www.jleague.jp/sp/news/article/17893/

※本記事の内容は個人の見解であり、会社や団体の意見を代表するものではございません。




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