批判の背景と、私たちの日常と

森氏が批判され、川淵氏が批判され、その背景にある日本が批判される。ニュースや情報番組の、批判だらけの音をBGMにしていたら、ふと涙が込み上げてきた。TVを見ていたわけじゃなくて手元の新聞を読んでいたので、一瞬、なぜ泣きそうなのか分からなかった。そうか、ここ数日、批判に満ちた音がただただ体に流れ込んできていたからだな、と思う。批判の音を聞けば聞くほど、批判の背景と向き合わざるをえなくなる。

私たちが生きている日本は、私たちに、黙れ、でしゃばるな、価値が無いと、繰り返し繰り返し言ってくる、そういう社会なんだな。それで私は涙が出てきたんだな。そうだよね。価値が無いと言い続けられて、悲しくない人間はいないよね。心も折れるよ。

日常的に実感している背景だ。今更、と思う。傷ついていたら暮らせない。私が就いているのは女性ばかりの仕事。国家資格が必要な職なのに、フルタイムでも一人では生活できない給与。現場には女性しかいないのに、別室の管理職は全員男性。

毅然として、誇りと矜持を持ち、誠実に働くこと。優しさと感謝を忘れないこと。
背景はどうであろうと、私はこうでありたい。そう思っている。

だけど・・・
もしできるなら、背景を変えたい気持ちも、ある。だから涙がこみ上げる。