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美芸再読(アホみたいに晴れた冬の日に)後編

僕のその日の宿は、東上野だった。
相沢から聞いた話では、東上野はコリアンの街だということだった。

僕はJR御徒町駅で降りて、プラプラ歩きながらホテルを目指した。
ホテルの部屋は狭いし、小汚いからそないにゆっくりできないし、もう一呼吸入れてから帰りたいなと思って歩いていた。

ただ御徒町付近は居酒屋は多いものの、1人で入れそうなBARのような店は見当たらず、もうすぐホテルというところまで来た。

見た感じはBARだけど内容はスナック、というカウンターだけの路面の店に入ることにした。客はおっさんが1人。店員も1人。やはり土地柄なのか韓国人のおばちゃんだった。

一杯だけで十分だったのだが、1時間飲み放題・おつまみ付き3,000円という料金体系しか存在せず、やむ無く…。

韓国語が飛び交う店内は不思議と居心地が悪くなく、JINROの水割りを飲みながら「今日はありがとう」と送られてきたLINEに返信などをする。

「お兄さん、なんか歌ってよ」

と言われて、僕が選んだ歌は、Mr.Childrenの『So let's get the truth』という1996年発売のアルバム『深海』に入っている弾き語りの短い曲だった。
なぜ、この曲を選んだのかというと、今日泊まるホテルにチェックインした瞬間に、頭に流れて来てしばらく止まらなかったからだ。
なぜ急に30年も前の曲が流れ出したのかは、さっぱりわからない。

歌い終わると、おっさんが日本語で喋りかけてきた。
「桜井さんの曲だね。」

どこから来たのか?何のために来たのか?など聞かれ、

「何のためか」を話した後に、おっさんは何かを僕に話し出した。

「何か」という言葉を選んだのは、死んだ友達に遠くから会いに来たことに対する賞賛、いうこと以外に何かを伝えたがっているのだが、それがおっさんのほぼネイティブに近いはずの日本語の言葉からは、よくわからなかったからだ。

何か大事なメッセージがあるはずなのだが、温度感でしか伝わってこないという不思議な体験をした。

でも、これはただ酔っていたからだけかもしれないし、僕がアホやからかもしれない。

ひとしきり喋り、おっさんは帰って行った。
町田康さんの言うように再読することができるなら、おっさんの言いたかったほんまのことがいずれわかるかもしれない。
ただ、これからの人生でおっさんと僕はおそらく二度と会うことはないと勝手に思った。

12時で閉店するということなので、僕は3,000円を払い、店を出た。

ホテル帰るとシャワーを浴びてすぐに寝た。


最近は何時に寝ても、朝はだいたい同じ時間に目が覚める。
二度寝できないので、予定より早くホテルをチェックアウトし、駅前の喫茶店でモーニングを食べた。

めちゃくちゃ出てくるのが遅いピザトーストセットを待ちながら、昨夜のことを思い出していた。
美芸のみんなを再読した結果、以前よりも理解が深まったんやなと思った。

20歳そこそこの時は、永田くんが言ってることも全然理解できてなかったし、金津くんのように音楽のことも知らなかった。
ましてや、金ちゃんのように言語学者の家系でもなかった。
冒頭の引用で書いた「少し許六図かしくて訣らないと思う位のもの」だったのだろう。

高校の時、芸大を目指したかったのだが、何となく日和ってしまって突き詰めず、芸大じゃないけど芸術系ということで、文学部美学及び芸術学科を受験した。
運良く合格したが、高校の時にロックバンドをやっていた事実以外に何もなく、特に文化的な家庭に育ったわけでもない僕はまさに徒手空拳の状態で入学した。
知識も浅く、レンジも狭かった。

だからというわけではないが、少し斜に構えてしまっていたところがあったことは否めない。
普通にすごい同級生が多かったからだ。

なので、仕事は仕事、音楽・バンドは切り分けて考えようとして、今の仕事を選んだ。
自嘲気味な言い方になるが、「芸術では生きていけないやん」と考えている自分が大人だと思いたかったのだと。
ただ、そう決めて社会人をスタートしたものの、人文科学的なことや音楽のことなどはむしろ働き出してからの方が真剣に勉強したように思う。

「音楽=趣味」と割り切ろうとしていたはずが、「趣味以上仕事未満」という、中途半端な状態を目指そうとしていた節がある。

また長くなってしまったが、ある程度の人間的な成熟と少し深まった知識や経験、そういったファクターを通して、再び同級生を見ると「あぁ、なんか理解できる」と思ったと言いたいだけなのである。

自分の理解を超えたものを読んでみるということ。
その時はわからなかったものも、時が経って読めばわかることもあるということ。


東京滞在2日目の予定は決まっていて、21年前のキューバ旅行で知り合った「ともくん」と山と僕の3人で会うことだった。
3人で会うのは10数年ぶり。僕は5年ぶりにともくんと会った。

有楽町の高架下で昼間から飲み、まあまあええ感じで話も弾み、そろそろ新幹線に乗ろうかと外に出た。

駅前の交差点で空を見上げたら、アホみたいに晴れていた。


なので、
アホみたに晴れてるな
と2人に言ってみた。

永田希ちゃんの冥福を祈る。
早すぎるよ。

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