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『生産性向上』の陰に潜む罠。これからの『生産性』は何を示すのか?

日本からはイノベーションが生まれない(生まれにくい)と言われていることは慣れた感覚になっている部分もありますが、一方で世界でも画期的なイノベーションが起きているのかは懐疑的な部分もあります。iPhoneに関しても新しいバージョンが販売される度に本体価格は徐々に値上がりを見せる一方でiPhone自体が新しい価値を生み出しているかという観点では疑問を持つ方も少なからずいるのではないでしょうか?(とはいえ、僕は長年のiPhoneユーザーであり、iPhoneは大好きです)

直近3~5年を振り返ると、グローバル企業でM&Aを頻繁に見るようになると同時に今までの売買金額の記録を塗り替えるような大型の買収案件が増えているように思えます。この事象が一つ示していることは、企業は自社価値を高めるために「より効率的」な手法を選択することが増え、上場企業に関してはその手法により株主に対する価値還元を意図していると言えるでしょう。

M&Aまで飛躍した話をしない場合も、今までと同じことをしていてはいけないと危機感を感じている企業は多く存在し、それらの企業の大多数は「生産性」を上げることにより、オペレーションにテコ入れを加え、いままでよりも利益率を高く確保する手段を取るケースが多いのではないでしょうか?

結果や成果を導くプロセスを見直し、いままでよりも効率的に業務を完遂することは決して悪いことではなく、むしろ企業価値を高めるためには必要不可欠な要素の一つであると思いますが、その裏側には何かを失っているのかもしれません。これは短期目線ではなく中長期観点においては非常に重要だと思われるため、今回は「生産性を追い求めるがあまり、失われてしまう組織内の大切な要素があるのではないか」という仮説をnoteにまとめてみました。

創造性を失うコミュニケーション

生産性という言葉を聞くと、どうしても僕は機械的なイメージを持ってしまいます。何か新しいものを生み出す行動とは逆の「決められた物事を枠組みやルールの中でいかに完遂し切るのか」というようなことを問われているようなニュアンスに聞こえるからでしょう。

冒頭の記述の通り、イノベーションを生み出す難しさに直面しているということは、創造性を持つことが難しいという事に繋がっているはずです。では、「創造性とは何を指すのか?」というような疑問が出るのですが、それはある意味では偶然の産物に近いものなのではないでしょうか?

機械的で効率重視な枠組みの中から偶然の産物が生み出される確率が高いのかと問われると、それに対する解答は高くはないと言わざるをないです。なぜなら生産性とは再現性を最重要視し、目標値まで最短距離で到達できるように設計されたルールを遵守することにも近いことのはずだからです。新型コロナをきっかけに業務上のコミュニケーションでも以前は自然と発生していた雑談が無くなり、同じ部門・チームに所属している場合も隣のデスクの同僚との会話が無くなっている人もいると思います。そのような状況に加えて業務に対して業務を求められた場合には偶発的な気づきや発見を得る機会の総数は自然減少してしまうことが予想されます。

組織内でルールや規律を守るうえで、そこから逸脱したやり取りに関しては見る人が見れば無駄なコミュニケーションとして捉えられ、特に集団行動を好む日本組織においてそれは悪い習慣と考えられる場合があり得ます。一方で生産性に比重が置かれた職場環境がもたらす効果としてはイノベーションを生み出す可能性を自ら消してしまっている可能性に注意を払う必要があるでしょう。表現としては矛盾してしまうかもしれませんが、”意識的な雑談”や”無駄と思われる時間を敢えてつくる”といったような試みを組織内で取り組んでみることが生産性への偏重=イノベーションへの障壁を緩和することの手助けになるのではないでしょうか?

やりがいが失われる職場

上述では生産性を生み出すものと異なるコミュニケーションは無駄と考えられる可能性について言及しましたが、そこに繋がるものとしては「やりがい」が上げられます。ここでのやりがいに関しては仕事への達成感や成長実感などを含む観点で話を進めていければと思いますが、生産性を追い求め過ぎた場合、このやりがいが失われる可能性があるという話です。

2021年5月のエン・ジャパンの調査では、20代~40代の43%以上がコロナ禍での就業環境において「仕事にやりがい・達成感がない」と感じているデータが出ています。

繰り返しになりますが、生産性とは求められている成果や結果へ最短ルートで到達することを重視しています。通常、働くうえで達成感や成長実感などは仕事の過程で感じる場合が多く、それが最初から組織で用意された環境や仕組みの中であれば、自ら考えることや困難を乗り越えるための工夫するというプロセスが省かれているため(だからこその最短距離なのですが)、「思考する余白」が奪われてしまいます。

「人間は感情の生き物である」と言われるように、本来は達成感や成長を感じる際には感情が動いています。しかし、生産性を追い求める度合が強まれば強まるほど、無意識のうちに感情は余計なものとして扱われるようになるではないでしょうか?感情が邪魔なものとなってしまうと、業務の中で感じ取れる発見や気づきが減少し、ひいては仕事に対する達成感や成長を感じられなくなってしまい、「やりがい」が失われていくという結末が予想されます。

同じ企業や組織に所属している場合も、多くの場合は従業員一人ひとりは個別のやりがいを持っている事が考えられます。生産性を重要視するなかでやりがい(成長や達成感)も同時に満たすことは容易ではないと思いますが、一つ考えられる方法としては定期的なミーティングでの共通認識を合わせるということです。

例えば中間管理職に就いている方であれば週次で部下とのミーティングを設けている人が多いのではないでしょうか?ではミーティングの内容はどうなっているでしょうか?業務の進捗確認がほとんどではないでしょうか?これではミーティング内容自体が無機質な構成になってしまうので、部下の方は自身の成長や達成感を感じにくくなってしまいます。

業務の進捗確認はもちろん大切ですが、それ以外の異なる目標設定を加えてみると良いでしょう。例えば、通常業務以外に取り組んでいる仕事があれば、その取り組みが本人のどんな成長に繋がるのか、その取り組みから得られるメリットや今後に業務が広げられるような会話ができると部下の方も価値を感じることに繋がり成長を実感できると思います。目に見えにくい取り組みに関しても定期的なフォローをすることで部下のモチベーションは変化すると思われます。毎週のフォローが難しい場合は、2週間に一度や1ヶ月に一度などと先にスケジュールを決めて通常の週次ミーティングとは異なる形で状況を共有することが良いかと思います。

これは今日からすぐに始められることなので、スケジュールをすぐに組んでみることをオススメします。

目的地の無い船はどうなる?

会社や企業という生き物には存在意義というものがあるはずです。つまり、誰のために、何のために、どのように自社サービスを提供しようとしているのかということが会社が設立されている背景には必ずあるということです。しかし、これらは生産性の議論が加熱する際にいつの間にか忘れられていることが多いのではないでしょうか?

会社を船として例えるのであれば、生産性とはいかに船を効率よく動かすのかということと同意になりますが、大前提として船の目的地がどこに設定されているのかをクルーであるはずの従業員は果たしてどの程度の解像度で理解しているのでしょうか?クルーに対して決められた動きを守ることが徹底的にトレーニングされている場合も、目的地が設定されていない(または設定が曖昧でクルーの意思統一がされていない)場合、その船は延々とゴールには辿り着けないという結果しか見えてこないのではないでしょうか?そして目的地がどこか分からない船に乗り続ける優秀なクルーは多くはないはずです。

船にとって出力の上げ方を効率よく行えることは必ずプラス材料となるはずですがが、それよりも重要なのは、船の目的地が明確になっていることであり目的地が設定されていない状態が続くようでは現代の変化の大きい海原では漂流し続けてしまう可能性が高くなるでしょう。

船の最適な動かし方(生産性)はあくまで目的地(企業としての目標)までは到達するまでのプロセスにおいて必要な考え方や行動であり、まず必要となるのは目的地の設定であることが分かると思います。各企業における存在意義や顧客に対してどのようなサービス提供を行うのかを具体的且つ明瞭にすることで、自然と従業員の目的意識も高まるのではないでしょうか?

『生産性』という言葉をどう理解するのか

上記ではいくつかに分けて生産性に対する意識過多が導く注意点を仮説と共に紹介させて頂きましたが、最後に生産性に対する理解をどう広げるのかという観点を記載させていただきます。

一般的に生産性が語られる際には、生産性向上=業務効率化(または時間短縮)のようなイメージを持たれる方が多いと思います。もちろんそういう側面もあると思いますが、それ以外の観点から生産性について議論をしている方は意外にも少ない気がします。

生産性向上が実現した場合には得られるメリットの一番大きな部分としては時間だと思いますが、これからは「生産性向上から捻出された時間をどのように循環させられるのか?」という考えに発展させることが重要なのではないでしょうか?

例えばですが、Aさんという従業員が担当している業務に対して、いままでは1時間必要だったものが、効率化できた場合30分で終えることができるようになりました。では、そこで得た30分の余白に対してAさんは果たして有効活用できているのでしょうか?時間が有限であるということは誰でも知っている事実であるがゆえに生産性向上に対する意識が高くなっている反面、得られた時間を次にどのように有効活用するのかまでを考えて業務や組織運営に組みこめているケースはまだ少なく思えます。

生産性向上から生み出された時間を活用し、新しい技術を習得する、後輩や部下への指導を手厚くするなどは容易に考えられますし、女性活躍比率を上げたい組織であれば家庭を持ち、時短勤務している方々とのコミュニティを介して知識の共有などにも繋げることができると思います。また、組織がそれらの取り組みを行っていることが従業員に伝わることにより、従業員自身が組織に対する帰属意識を高く持てると同時に、所属組織から得られる学びを感じられるきっかけにもなり、やりがいを感じることにもなるのではないでしょうか?

生産性という言葉に対する理解度を上げて取り組むことにより、本来の言葉が持つ意味・意図が組織内に綺麗に浸透することで各企業の運営がより効果的かつ本質的なものになることを臨んでいます。


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