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23、幻の友人④ 異常な執着心

僕はタケシと遊ぶ為に、放課後になると友達とは帰らずにタケシの姿を探し校舎内を歩き回った。ある時は廊下で、ある時はどこかの教室で、またある時は図書室で……等、タケシと合流する場所は様々だった。タケシは決まって、僕の顔を見てニコリと笑ったものだ。

僕とタケシは合流すると、追いかけっこをしたり、キャッチボールをしたり、本を読んだり、雑談をしたり、二人で楽しく時間を過ごした。

しかし、今なら思い至るのだが、僕とタケシとの行動には多くの変わった点・不自然な点が存在した。普通、放課後に二人で遊びたいなら、待ち合わせ場所を決めるとか、どちらかがどちらかの教室を訪ねるとか、もっとスムーズに合流する方法があった筈だ。でも僕とタケシはそのような普通の方法を取らなかった。

そもそも、僕はタケシが四年の何組なのかも知らなかった。それにタケシにしても、自分が何組かを僕に告げる事はなかった。また自分から僕の教室を訪ねて来る事もなかった。普通ならば何組かを尋ねたり、教室を訪ねてくるようお願いしたり、そのような行動を僕は取らなければヘンだ。

しかし、不思議な事に、当時の僕はタケシが何組かを教えてくれない事や、自分から僕の教室を訪ねて来ない事について、何の疑問も持っていなかった。また、僕とタケシが別れる際や、誰か他の友達や先生が現れた際は、必ずタケシの姿は忽然と消えてしまっていたのだが、そんな不思議な「いなくなり方」についても、やはり僕は何の疑問も抱いていなかった。むしろ他の生徒や先生が現れると、僕はタケシとの時間を邪魔されたと思ってすらいたので、疑問を抱くわけがなかった。そもそも、学校以外では遊びたがらないというタケシのこだわりに、まずは疑問を抱かなければならない筈だが、それも疑問は抱かなかった。

僕はタケシが不幸な環境に置かれていると思い込んでいたから――いや、ある意味ではそれはその通りだったのだが――僕はタケシに対して答えにくいような質問をしてはならないと、頑ななまでに努めていたのだ。放課後になると僕が校舎内を歩き回りタケシを探し、そのうちどこかで僕の前にタケシが現れるというのが、当たり前になっていた。

今、思えば、これらの不自然な点に疑問も持たず、逆にタケシを困らせないように頑なに口をつぐんでいたこの精神は、明らかに異常だった。明らかに、霊能力が関与している異常さだった。いや、抑圧された霊能力が僕の精神に、中途半端に関与している事から起こる異常さだった。

そのうち、僕は先生や友達に心配されるようになった。顔色が悪いというのだ。また、焦燥感があり視点もオカシイと指摘される事も増えた。僕としては心外だった。むしろ、僕はタケシと関わるようになり心が満たされた気持ちだったからだ。

ある日、僕はクラスメートから妙な事を尋ねられた。「放課後に、どこそこの教室で独り笑いながら走り回っていた。あれは何をしていたのか?」と。僕は狐につままれた様な思いがした。クラスメートが指摘したその日は、僕とタケシが、ある教室で鬼ごっこをしていた時だ。なぜクラスメートは、僕が独りだったと嘘をつくのだ? 僕は不審に思った。

「……どういう意味?」

と、僕はクラスメートに詰め寄った。クラスメートは「意味も何も……」といった感じでまごついていたが、僕は怒りがふつふつと湧いてきた。僕の他に、あのタケシがいたではないか? どうしてタケシの存在を無視するのだ? ……まさか、こんな感じでタケシは、普段もいじめられているのか? そうか、きっとそうに違いない! そう思った僕は怒りを抑えられなくなり、そのクラスメートを突き飛ばした。

「どうしてアイツを無視するんだ! そういうイジメは許さないぞ!」

僕が一喝すると、そのクラスメートは「ごめん」と謝罪しその場から逃げていってしまった。僕の尋常ではない様子を遠巻きに見ていた他のクラスメート達も僕に対して恐れを感じたのか、一人、また一人と、気まずそうな表情を浮かべながら、その場から立ち去っていってしまった。今なら、その時の僕は明らかに異常だと分かるが、その時の僕は、タケシを守る為に正しい行いをしたとしか思っていなかった。

その日の放課後、僕はいつものようにタケシと遊んだ。しかし、その日の僕の様子はいつもと違ったのか、二人で並んで歩いている際、タケシが僕に尋ねた。

「お兄ちゃん、何かあった?」

タケシは足を止めて僕に尋ねた。僕は一瞬とまどったが、足を止めてタケシに笑顔を向けた。

「ううん、何もないよ」

「それなら良いのだけど……」

タケシはそう言ったが、しかし心配そうに僕の顔を見つめた。

「お兄ちゃん?」

「何?」

「最近、顔色悪いよ? 何だか様子もおかしい」

僕はタケシにも顔色について指摘された為、返答に窮した。僕の様子はそんなにヘンなのだろうかと思った。

「……もしかして、僕のせい?」

タケシはそう言うと僕の心をうかがうかのように、僕の顔を覗き込んだ。

僕は自分の不安定な気持ちを見透かされたくなかったので、タケシから眼をそらして歩き始めた。タケシは立ち止まったまま、何かを考えているようだった。

「いや、きっと僕のせいなんだ。分かっているんだ……」

タケシの悲しそうな呟きが、僕の足を止めた。……いや、そうじゃない。そうじゃないんだ!

「大丈夫だから!」

僕は振り返ると笑顔を作りタケシに言った。

「何か嫌な事をしたり、言ったりするヤツがいても、僕がいるし大丈夫だから!」

僕はタケシの傍へ行くと、その頭をぐしゃぐしゃと撫でた。タケシは何も言わず、下を向いて涙を流していた。……僕はその時、改めて思った。僕はタケシを守るのだ。タケシをいじめるヤツがいたら、絶対に僕が許さないんだ! ……と。僕はタケシが本当は何者かも分かっていなかったのに、一人で勝手にそう決心し、そして満足していた。今思えば、それは危険な決心だった。

僕はクラスで浮いた存在となっていた。クラスメートは、腫れ物にでも触るかのように僕に接した。騒がしい教室も僕がやって来ると、途端に水を打ったように静まり返るようになっていた。それでも僕は、へっちゃらだった。僕にはタケシがいたからだ。タケシさえ僕の傍にいてくれたら、僕はもうそれで良くなっていた。しかし、タケシは僕とは違う考えを抱き始めたようだった……。

ある放課後、僕とタケシは誰もいない教室にいた。二人は窓の手すりに身体を預けるようにして、ざあざあと大粒の雨が打ち付ける校庭の様子を、窓越しに黙って眺めていた。突然の雨に慌てる数人の生徒達や、どんどん広がる水たまりの様子は、普段なら面白おかしく見えただろう。しかし、その時の僕は全く心を動かさなかった。なぜなら、少し前からタケシが僕に何やら言いたそうにしていたからだ。タケシは神妙な面持ちをしていた。だからきっと、タケシのその話しは僕にとってはイヤな話しの筈なのだ。そして、やはりその話は、僕にとってイヤな話しだった。

「お兄ちゃん」

タケシは僕の顔を見上げた。僕はドキリとしてタケシの方へ身体を向けたが、何やらイヤな予感がした為、何も返事をしなかった。すると、タケシはそんな僕の様子を察したのか、身体を反転させ背中で窓の手すりをはじくようにして前方にジャンプすると、再度身体を反転させ勢い良く机の上に腰をかけた。

「お兄ちゃん、もう今日で遊ぶのはおわりにしよっか?」

タケシは出し抜けにそう言うと、ニコニコとした笑顔を僕に向けた。

「それは……それはどういう意味なの?」

僕は不安な気持ちを何とか抑え、タケシに尋ねた。

「お兄ちゃん、僕と遊ぶようになってから顔色が良くないでしょ? それは僕のせいなんだよ」

タケシが寂しそうに笑った。

「そんな事ないよ、タケシは何も悪くないよ! タケシも僕も、何も悪く――」

「――いや違うよ、僕が悪いんだ。それは分かっているんだ。いいかい? お兄ちゃんは僕とずっと遊んじゃダメなんだよ」

タケシは僕の言葉を遮るようにして、僕を諭すように言った。……僕はタケシに反論できず、黙ってその場に立ち尽くした。ざあざあという雨音が僕の心をせわしなく叩きつける。僕は悔しくて悲しい気持ちでいっぱいになった。

「お兄ちゃん」

タケシは机から下り、僕の前に立った。僕は泣き出しそうになるのを我慢した。

「今までありがとう。僕はもう、行くね!」

タケシはニコリと笑うと、くるりと背を向け机の間を縫うようにして駆け出した。

「タケシ!」

僕はその場に立ったまま叫んだ。しかしタケシは振り返りもせず、教室から飛び出していってしまった。僕は無駄だと思ったが、タケシを追いかけた。廊下を走り階段を駆け下り、上履きのまま入り口から外に飛び出した。そして土砂降りの中、校庭を真っすぐ突っ切ろうとした。しかし、タケシの姿はどこにも見えない。僕の眼から涙が溢れてきた。

「タケシ! タケシ!」

……僕は土砂降りの中校庭に立ち尽くし、タケシを想って声を上げて泣いた。これでもう、二度とタケシには会えないのだと感じた。僕がもう少し強ければ、タケシにいらぬ心配をかけずに済んだのかと思うと、どうしても涙が止まらなかった。

しかし、しばらくした後、僕はもう一度タケシと会う事になる。僕はその出会いを一生忘れる事はできないだろう。そして、その時の罪悪感を、僕は一生背負っていかなくてはならないのだろう……。


➡ 24、幻の友人⑤ 覚醒する霊能力・タケシの正体


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