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相手を裁く心からは何も生まれない
今回は、
「裁く心からは何も生まれない」
という事についてちょっとお話してみたいと思います。
まずは「裁く心」とは何かというお話から、
他人は変えられないというお話まで、
全部で5つに分けてありますので、
好きなところからお読みください。
①裁く心とは
まず、
「私が考える裁く心」
というのが何なのか、簡単にお話したいと思います。
例えば、以下の様な事をする、または、
したいと思う心などが、裁く心だと思っています。
相手を自分の正義に従わせたいと思う。
自分の言う事に従わせたいと思う。
自分の言う事を聞かない人の悪口や陰口を言う。
相手の意見を本人がいない陰で否定や批判する。
相手に自分の論理や考えを押し付けようとする。
などなどです。
皆さん一度はこういう事を思ったり、
実際にしてしまった事は有るのではないでしょうか?
もちろん私も経験あります。
人間であれば誰しも、職場や学校、家庭、
恋人、友人知人などを相手に、
1度は必ずこういった経験はしますよね。
それが当たり前です。
ただ、この裁く心は
できる限り持たない方が良いと思います。
可能ならゼロにするのが一番理想ですが、
なかなかそう出来ないので、出来るだけ
こういった心は持たないように
気を付けると良いでしょう。
②なぜ裁く心を持たない方が良いか?
皆さん1度は経験ある事だと思いますが、
なぜ裁く心を持たない方がいいのでしょうか?
色々理由は有りますが、
もっとも私が大きな理由として考えるのは、
「裁く心は、争いや衝突しか生まない」
からです。
世の中のほとんどの争いは兄弟喧嘩や夫婦喧嘩から、
国家間の戦争に至るまで、この裁く心が元でしょう。
お互いに正義や大義名分、都合があり、
それを主張し合って譲歩せず、最終的には
相手を権力や武力、腕力、財力、などの「力」でねじ伏せて
自分の正義や大義名分、都合を通そうとするのが争いごとです。
この構図は個人の喧嘩でも国家間の戦争でも同じです。
それぞれの正義や大義名分、都合があり、
それがぶつかり合った時に、争いになります。
裁く心から、平和や安堵、発展、成長などの
プラスのものは何も生まれないと思います。
生まれるのは、偏った正義、争い、勝者と敗者、
多くの流血、荒んだ心、荒廃、痛みなどの、
マイナスなものばかりではないでしょうか。
特に勝者と敗者は、勝者から見れば自分の正義や
大義名分、都合を通せて気持ち良い事でしょう。
しかしその裏には必ず敗者がおり、
この敗者は勝者に対して少なからず、
「やり返す」という気持ちを持つ様になります。
このやり返すという気持ち自体も裁く心であり、
それは場合によっては、強烈な恨みとなって現れ、
その恨みが勝者となった者に対して向けられて、
新たな争いに発展する場合もあります。
勝者と敗者に別れる事で、勝者は敗者に対し、
裁く心を持つ事を助長させるような形に
なるとも言えると思います。
ちなみに補足すると、ここで言う勝者と敗者は、
スポーツの勝者と敗者を含みません。
なぜなら、スポーツはあくまで一定のルールと
スポーツマンシップに則った「競技」の中での話だからです。
③すべて受け入れなくても良い
さて、裁く心は持たない方が良いとは言っても、
どうしても納得できない事、受け入れられない事って
生活したり仕事をしていたら、普通にありますよね?
そう言う場合、裁いてはいけないとしたら、
どうしたら良いでしょうか?
別にそれらを無理に受け入れる必要は無いのです。
その代わり、別な方法を取ればよいと思います。
例えば、
その人と関わらないようにする。
その人と距離を置く。
人の言動や行動を見て、
自分が同じ事をしないように気を付ける。
(人の振り見て我が振り直せということ)どうしても関わらないといけない場合は、受け流す。
これらはあくまで一例ですが、
この様な立て別ける方法を取ればよいと思います。
つまり、裁く心が顔を出しそうになったら、
この様に立て別ければいいと思うのです。
ただそれでも、どうしても
何か言いたくなる事は有ると思います。
人間ですからどうしてもそういう時は有りますよね。
そう言う場合はどうしたら良いでしょうか?
④否定や批判は伝え方が大事
もしどうしても裁く心が抑えられず、
何か言いたくなったら、本人がいない所で
陰口や悪口を言うべきではありません。
悪口や陰口を言う人は、自分がいない所で
自分自身も誰かに悪口や陰口を言われます。
好きこのんで陰口や悪口を言われたいと思う人は
そうそういないでしょう。
自分が言われたくなければ、
自分も言わないのが良いと思います。
では、どうしても言いたい場合、
どうやって言ったら良いのでしょうか?
答えは簡単です。
本人に直接言えばいいのです。
ただし、その時に言い方や伝え方は
気を付けたほうが良いでしょう。
否定や批判をそのまま伝えるのは、
相手を裁きにかかる事になるので良くない思います。
例えば、
あなたの言ってる事おかしいから認められない。
あなたの態度が気に入らない。
あなたのやってる事、変だから辞めてよ。
こういった伝え方はダイレクトに裁こうとしているので、
衝突や争いを生みやすいでしょう。
ではどうするかというと、例えば上の3つの例の
伝え方を変えた場合、私ならこんな感じで伝えます。
あなたの言ってる事は判らないでもないけど、
私は違う意見かな。あなたの態度はあなた自身が損すると思うから、
控えた方が良いのでは?あなたのやってる事はちょっと違うと思うから、
変えた方が良いんじゃないかな?
どうでしょう?結構柔らかくなってませんか?
また、「私が気に入らないから」ではなく、
「あなたが損するかもしれないから」という視点で伝えています。
ここには、ただやんわり伝えるだけでなく、
相手への思いやりの気持ちも込められます。
どんな相手に対しても、思いやりの気持ちを持つ事が
裁く心を回避するためには必要だと思います。
こうする事で、やんわり伝えて
衝突や争いを回避する努力をすることが
大切だと思うのです。
それでもだめなら、
その時は何も言わずに距離を置くか、
受け流せばいいと思います。
⑤他人は変えられない事を理解する
裁く心というのは、相手を変えたいとか
自分の要求に従わせたいと思う心だと思います。
しかし、これがプラスになる事は無く、
マイナスの効果しか生まない事をお話してきました。
自分に理性や心、意思がある様に、
相手も同じように理性や心、意思を持っています。
ですから他人を自分の思うように
コントロールする事はできません。
他人には他人の意思がある以上、
他人は変えられないのです。
変えられるのは、唯一「自分自身」だけなのです。
変えられない相手を変える為に労力と時間を使うより、
自分次第でいくらでも変えられる、
自分を変える為に労力と時間を使う方が、
圧倒的に労力も時間もかからないと思うのです。
また、その方がよほど建設的ではないでしょうか。
自分を変えるといっても、
何も考え方をガラッと変える必要はありません。
考え方だけでなく、自分で変えられるものは他にもあります。
例えば、
視点を変える
言動を変える
行動を変える
見た目を変える
変えるといってもこういった部分を変える事も出来ますよね。
それによって、自分がより過ごしやすい環境になれたら、
人を裁く心で見るよりはるかに建設的だし、楽だと思います。
最後に
ここまで「裁く心」について、色々とお話しました。
いかがでしたでしょうか?
もちろん、これを読んでそんなの無理に決まってるとか、
そう思われる方もいるかと思います。
もちろん、すぐこれがキッチリ出来たら、
すごい事だと思います。
それに、私もしっかりできてるかと言われると、
大丈夫かな?まだまだだな、と思う所は沢山有ります。
大切なのは、こういう事を頭の片隅に置いて、
普段から少しずつでいいから意識して心がける事、
そしてほんの少しでもいいので
実践してみる事ではないかなと思っています。
なので私も完璧にここで書いた事が出来るわけではなく、
日々心掛けて努力している最中です。
また、少しでもこういった考え方を、
多くの人に知って頂けたらなと思っている次第です。
もし、皆さんの心の中に「裁く心」があるとしたら、
ぜひ一度見直してみませんか?