苦難を乗り越えた両打ちの大砲
打率.349、47本塁打、135打点、OPS1.097、本塁打王、打点王、ゴールデングラブ賞、シーズンMVP。これは、メル・ロハス・ジュニアが昨年韓国リーグ(KBO)で築いた実績だ。そんなロハスには夢がある。それは、父がプレーしていたMLBで活躍することだ。そしてその夢に近づくため、ロハスは日本行きを決めた。日本で韓国時代に劣らぬ好成績を残し、夢を叶えるつもりだった。しかし、日本での最初の半年、彼が残した成績は打率.098、1本塁打、3打点、OPS.321だった。にわかに信じ難いが、現実だった。
ロハスは韓国時代、凄まじい打撃力を見せている。
17年 *83試合 打率.301 18本56打点 OPS.911
18年 144試合 打率.305 43本114打点 OPS.978
19年 142試合 打率.322 24本104打点 OPS.911
20年 142試合 打率.349 47本135打点 OPS1.097
これは、ロハスの韓国でプレーした4年間の成績である。4年を通じて一度も打率3割を下回っておらず、本塁打数はややブレがあるものの、OPSは一貫して.900を上回っている。打率は年々上昇しており、対応力の高さが窺える。続いて、特に凄まじい成績を残した昨年をより細かく見ることにする。
メル・ロハス・ジュニア(2020年)
対右 (409―139).340 34本
OBP.397 SLG.663 OPS1.060
対左 (141―53).376 13本
OBP.471 SLG.731 OPS1.201
対変則右腕 (50―15).300 7本
OBP.340 SLG.780 OPS1.120
得点圏 (134―47).351 10本
OBP.424 SLG.612 OPS1.036
※OBP=出塁率、SLG=長打率
見ての通り、ほとんどどの状況でも変わらずに打ちまくっている。ロハスはスイッチヒッターだが、どちらの打席でも高いクオリティを発揮しているし、外国人選手がよく対応に苦しむと言われる変則投手にも難なく対応している。また、KBOには、ロハスが所属していたKTを含め10球団が存在しているが、対戦した9球団のうち8球団からは対戦時のOPSが1.000を超えた。さらに、球種別の成績を見ても、最も成績の悪かったカーブ系のボールで打率.284、OPS.931である。要するに、弱点はほぼないに等しく、間違いなくリーグ最強打者だったわけである。
そんな打者が、日本に来てから長らく、打率1割すら打てなかった。コロナ禍で来日が遅れたことが大きな要因ではあったが、一軍で50打席を貰っても状態は上向かなかった。左右どちらの打席に立っても、インコースの球には驚いたような反応を見せ、高めの球も低めの球も全くタイミングを合わせられない。本来は守備走塁で手を抜く選手ではないが、少し怠慢になることもあった。いつも明るいドミニカンも、気づけば見せる表情は悲しげな顔ばかりになっていた。なにしろMLBという大きな夢を持ってこのコロナ禍の中、単身で日本に渡ってきた選手である、これ以上なく悪い出だしに心が折れてもおかしくなかっただろう。
しかし、ロハスはそんな性格ではなかった。外国人選手は二軍では状態を見て慎重に起用されることが多いが、ロハスは自ら早く試合に出してくれと訴え、さらには途中交代となる時でも、もう1打席行かせてくれと直訴することもあった。二軍は主に昼に試合が行われるため、朝早くから全体練習が行われるが、ロハスは朝から全体に交じって練習に取り組んだ。二軍では練習の準備や片付けも選手達が行うが、ロハスもしっかり参加した。試合中は打撃のみならず守備走塁も全力で行い、ヘルメットを飛ばしながら激走するシーンもあった。そんな姿は若手からも親しまれ、「メル」と呼ばれるようになった。
中でも驚いたのが、二軍降格となった当日に、二軍本拠地である鳴尾浜球場に姿を見せ、練習していたことだ。外国人選手ともなると、降格の当日は休養を取りリフレッシュするのが普通なのだが、ロハスは休むことなく練習に参加していた。不振の中でもこれほど腐らずに取り組む外国人選手は、僕の記憶の中にもほとんどいない。
また、今季はオリンピックによる中断期間が1ヶ月挟まれるという特殊なシーズンであり、球団が家族の来日していない外国人選手は一時帰国を許可する方針を取ったため、ロハスも家族の元へと帰った。しかし、休むのもつかの間、ロハスは他の外国人選手よりも一足早く再来日し、野球を再開した。これほど何よりも野球が好きな男だ、そもそも元々持つ能力は高いのだから必ず結果が出ると僕は信じていた。
そんな願いは、シーズン後半に入ってついに通じ始める。外国人選手の中でもいち早く再来日したことで、後半戦の開幕前に十分な調整期間を設けることができ、開幕を一軍で迎えることとなった。再開初戦はヒットこそなかったものの、痛烈な当たりを幾度も放ち、2戦目には左打席で2安打を放った。その後も、特に左打席では快音が響くようになった。
一方で、右打席ではなかなか快音が響かなかった。左打席に専念した方がいいのでは、という声も聞かれるようになっていた。しかし、ロハスは”スイッチヒッターとして”MLBを目指す男なのだ。ロハスには意地があった。それが見られたのが、8月18日、東京ドームで行われたDeNA戦だ。同点に追いついた8回、無死満塁という絶好のチャンスでロハスに打席が回る。相手は速球派左腕のエスコバーだ。ここまで右打席ではストレートに差し込まれる傾向にあったロハスは、この打席も速いストレート2球に振り遅れて空振りし、すぐに追い込まれる。しかし、あっさり終わるのはもうゴメンだ。長距離砲の外国人打者が、バットを短く持った。ここから150km/hを超えてくる速球に対し、粘り、粘り、粘った。ストレートでは打ち取れないと判断した相手バッテリーは、スライダーを選択。そのスライダーは、ロハスの足に当たった。貴重な貴重な、勝ち越しの押し出し死球。ロハスの意地の勝利だった。
ここからロハスは右打席でも快音を響かせ始める。守備走塁でも全力な姿勢を貫き、見せる表情は笑顔に変わった。結果の出ない中でも野球を愛し、腐ることなく練習してきた日々を経てついに目覚めた韓国最強スラッガーが、16年ぶりの優勝を目指すチームを後押しする。