【連載小説】風は何処より(25/27)
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7時間程かけて、六本木から練馬の自宅まで、徒歩で帰ってきた。
12キロくらいの道のりで、途中、深夜営業のファミリーレストランで何度か休憩しながらだったが、いい散歩だった。
早朝6時40分。
じきに日が昇ってくるのか、鳥が鳴き始めていた。
家の前まで来ていた。
この家の門をくぐれば、またもとの生活に戻る。
同じことを繰り返す生活が。
しかし、城所の心は、晴れ晴れとしていた。
男として燃えた一夜を追懐していた。
「じいさん!」
後ろで呼ぶ声がした。あまりの突然の事に、軽く悲鳴をあげてしまった。
孫の昌之だった。
「…いま帰りか?」
城所は眉間にしわを寄せた。
「おう。…ところでじいさん、昨日、六本木にいただろ。何してたんだよ」
城所は縮み上がる思いがした。
(見られてたのか…)
「ああ、旧友に会ってたンだ。お前のおばあさんが世話になった人だ」
城所は隠さず、ありのままを答えた。
「ふ~ん」
興味はないようだった。
「なぁ、昌之…。家族ってのはいいもんだなぁ。
一緒にいるときは疎ましく思っても、いなくなると寂しい。失うまではわからない。
気づいてからじゃあ遅すぎる。それが絆って奴なんだなぁ…
『生きているということは 誰かに借り をつくること
生きていくということは その借りを返していくこと』
っていう歌をしっているか?」
「じいさん。今日はやけにおしゃべりじゃねぇか?どうかしたのか?」
孫と話をするのは、たしかにいつ振りだろう、と思った。
「ふふ…」
城所は下を向いて口許を弛めた。
ハードボイルドだった。
そして、老人は孫の顔を見て、言った。
「男ってのはなぁ、怒りを忘れっちまったら、おしめぇなんだ。覚えとけ」
「何かっこつけてんだ?家に入らねぇのか?」
昌之にとっては、老人の話など気にもとめない。
「ああ。もう少しここで風に吹かれてらぁ」
肌を刺すような風が吹いている。
「そうかい」
昌之はそう言い残して、家の中に入っていった。
老人はいつまでも空を見上げていた。
朝焼けの美しい空が、目に沁みた。
「朝焼けは、雨」という諺を、老人は思い出していた。
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