【連載小説】風は何処より(22/27)
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真壁も、母の死んだ事情は初めて聴いた。
母が、自ら死を選んだとは考えられない。
とすれば。やはり、この男は活かしておくことは、出来ない。
「話は分かりました」
真壁が右手で拳銃を抜き、その銃口を神津に向けた。
咄嗟に、赤石が神津に駆け寄り、手にしていたサブマシンガンで、真壁に反撃した。
赤石の放った銃弾は、真壁の左上腕を擦過し、衝撃で真壁が倒れた。
銃弾は、激しい音を立てて、壁面を炸裂させる。
「貴様ッ!」
真壁が赤石を睨み付け、呻くように言葉を吐いた。
そのまま赤石は、神津を椅子ごと押し倒し、彼をテーブルの下に隠すように庇った。
さらに赤石が、倒れこんだ真壁に向け、もう一撃、銃弾を放った。
真壁が、間一髪でそれを避け、三発の銃弾が、さらに壁面を貫いた。
神津は、テーブル下裏に隠してあった、小型のリボルバーを引き抜き、テーブルの下から飛び出た。
城所も夢中で腰の拳銃を引き抜き、赤石に向けて二回引金を引いた。
両弾が赤石に命中し、赤石が衝撃でもんどりうった。
銃声を聞きつけた鈴木が、ショットガンを手に、部屋に飛び込んでくる。
神津が反射的に、鈴木に向けて発砲した。乾いた破裂音が、部屋を轟かせる。
鈴木は壁の裏に隠れ、銃弾を避けたが、木の壁が激しく裂けた。
鈴木はショットガンを放り捨て、腰から拳銃を抜いて、神津に向けて二発撃った。
一発は左下腕、もう一発は左腹を撃ち抜き、神津が床に沈んだ。
銃声が止んだ。
ダイニングルームに硝煙が漂う。
真壁が上体を起こし、左手をかばいながら、倒れている神津と赤石に近づいた。
鈴木と城所が、それに続く。
赤石は絶命していた。
「赤石…」真壁がその名を呼ぶ。
神津が「赤石くんは、君たちの身内でしたか…」と事情を理解し、悔しそうに声を絞った。
3年も毎日一緒に暮していれば、神津との信頼関係も篤かったのだろう。
(二重スパイは葛藤に苛まれるもの)と、口にはしないものの、その場にいた誰もがそう思ったことだろう。
鈴木は、頬から流血していた。
壁の破片で切ったのだろう。こちらは軽傷だ。
「潮時か…」
フランクは呟いた。
「わしも老いた。かつてのような精彩さは無いと感じていた。日本の政治経済を転がすようにしていたころが懐かしい…。
しかし、もう日本はアメリカの生徒ではない。時代の変化だ。
もう、わしの出る幕ではないのだ」
神津の傷は深いようだった。腹からは夥しい量の出血だ。
「人生とは、不思議なものだな…。この最期の日に、多くのファミリーに出会えるとは…」
神津が、掠れた声で言った。
「城所さん、メアリーが最後に残した言葉があります…。
もし縁あって、夫や子供に会うことがあれば、伝えてほしいと」
「なんだい?」
「…愛している、と」
城所の目に、涙があふれた。
(作り話でも、うれしいよ、神津さん)城所は、心の中で呟いた。
城所は悲しかった。
さっきまでは、仇だと思っていたが、家族が目の前で、息を引き取ろうとしている。
嘘だと思いたかった。
城所が、神津の脇にしゃがんで、目を見つめた。
「城所さん、メアリーを、千鶴を愛してくれて有難う」
神津が右手を差し出した。城所もその手をしっかりと握った。
「こちらこそ、神津さん」
神津が、にっこりと微笑んだ。
不意に、神津が城所の体を引き寄せ、耳打ちした。
急速に意識が薄れているのだろうか、息が絶え絶えになる。
かすかに声を聞き取ることが出来た。
話し終えると、神津はそっと目を閉じた。
城所は怒りに満ちていた。
城所は立ち上がって、小走りで真壁の前に立ち、その襟をつかんだ。
「なぜ、撃ったンだ!」
嗚咽しながら城所は、真壁に食って掛かった。
真壁は顔をそむけ「もともと、その目的でしたから」と素っ気ない答えが返ってきた。
(覆水盆に返らず、か)
城所は後悔した。
改めて、神津と赤石に向けて、目を閉じ合掌した。
鈴木も、それに続いた。
真壁は出血している。
彼女は、男たちに背を向け、テーブルクロスを細長く切り裂き、左腕の止血をした。
銃声を聞きつけた、もう一人の男が、ダイニングルームに駆け入ってきた。
「落合」
鈴木が、その男の名を呼んだ。面識があるようだ。
邸の警備担当として、潜入していたという落合だ。
黒の制服に身を包み、腰に拳銃を下げている。
がっしりした体躯で、坊主頭だ。
「作戦、終了ですか」
部屋の様子を見て、落合が真壁に声をかけた。
「うむ。いまの銃声で、隣のベースキャンプのMPが来るだろう。脱出する」
「はい、ご案内します」
「ほかの警備員は大丈夫か。」
「ええ、メイドと共に拘束しております」
「よし」
城所は立ち上がり、改めて神津の顔を見つめ「ありがとうな」と、小さく呟いた。
落合、鈴木、真壁、城所の順でダイニングルームを出て、メイン階段から、地下一階に下りる。
そこから奥の方に進み、物置のような部屋に入ると、奥に鉄の扉があった。
落合が開錠し、扉を開けると、そこからさらに1階分ほどの階段が出現した。
「ここから出られます」と促した。
落合、真壁、城所、鈴木の順に地下道に入った。
落合は、先ほどの扉を施錠すると、一番前に戻って、先に道案内をした。
ちょうど地下鉄の通路のような道だ。
高さは3メートルくらい、道幅も3メートルくらい。
天井には、蛍光灯が数メートルおきに点いているくらいで薄暗い。
正体不明の細い配管が天井を這っている。
かび臭い匂いが充満している。
地下水が浸み出しているのだろうか、壁には何筋もの跡が残っている。
100メートルほど一本道が続くが、途中、両脇にはいくつかの扉がある。
同じような屋敷から続く地下道が、この扉の向こうにもあるのだろうか。
通路が行き止まりになり、また扉に突き当たった。
落合が開錠し、開扉する。
先ほどの通路よりも、だいぶ太い通路が出てきた。
扉を出た所に、電源スイッチがあり、それを押すと、天井の蛍光灯が点いた。
上下左右ともコンクリートがむき出しの通路で、
天井にはやはり配管が通っている。
落合が、不意にナイフを抜き、真壁に斬りかかった。
刃は、真壁の首、すなわち頸動脈を狙ったが、間一髪で真壁がそれを避けた。
落合の巨体が、城所の面前に迫ったため、老人は反射的に足払いを掛けた。
不意を突かれた落合が、転倒する。
刹那、真壁が右手で銃を抜き、落合の額に照準を合わせた。
狭い空間に銃声が轟き、落合の顔面が微塵に弾けた。
血液やら脳漿やらが、通路に飛び散る。
城所は、目を背けた。
(次は自分か)
老人は戦慄し、背筋を凍らせた。
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