朝焼け__1_

【連載小説】風は何処より(3/27)

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1995年10月。
ひっきりなしに電話が掛かってくる。
机の前で、男はうんざりしていた。
秘書や部下では対応できない内容ばかりだ。
豊かな銀髪に覆われた額からも、汗がにじむ。

この一日で電話会談した相手だけでも、商工務省大臣、銀行頭取、証券取引所首席、自動車メーカー社長、製薬メーカー社長。
アメリカの、ありとあらゆる政財界のトップたちが、彼を頼ってくる。
誰もが、この事態をどうしてよいか、打開策が無いのだ。

男が、日本に根を生やすようになって50年。
かつての自分だったら、と何度も思う。
脳味噌にひどく汗をかいているが、それが正答なのか、時間が経たない限りは分からない。
いずれにせよ、変化に対応できていないことには変わりはない。

「世界経済を牛耳るのは、一部の指導層」という「都市伝説」は枚挙にいとまないが、ある意味事実である。
グローバルな「経済フィクサー」は確かに存在する。

その名を、フランク神津竜一。
神津は、日系であるが、れっきとしたアメリカ育ちであり、戦時中から諜報工作員として暗躍した人物である。
第二次世界大戦後は、CIAにも深く関与したともいわれ、アメリカの、特に朝鮮戦争・ベトナム戦争期以降、政治経済に大きく関与したといわれる。
当然、先進国を中心とした世界経済の発展、あるいは衰退を牛耳っていた。

神津は、整った目鼻立ちで、背も高く、アジア人と白人の混血のように見える。
柔和な表情からは、厳しい世界を生き残ってきたとは思えない雰囲気を漂わせている。

問題は、アメリカ経済の業過構造による変化、の一言に尽きる。
1990年代初頭。社会主義・マルクス経済学はとっくに廃れ、自由主義資本経済が、欧米を中心に謳歌していたが、シナリオ通りに進まないのが歴史の常である。
経済発展を続けてきたアメリカは、突如として不況に突入する。

2年前(1993年)に大統領となったビル・クリントンは、レーガン ─ ブッシュと続いた、財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」路線から決別し、「アメリカ経済の再生」を目指した。

クリントン大統領は、高額所得者に対する所得税増税などを実施して財政赤字の削減をめざす一方、産業構造を「製造業や重工業中心」から「金融やIT中心」へとシフトしていった。
その結果、アメリカで活躍する企業は一変した。アメリカは輸出メインの国ではなくなり、その後、日本や韓国、中国などのアジア諸国が台頭する。
アメリカでは当時「ドル安」よりむしろ「ドル高」の方が儲かるとの判断が生まれ、1995年からドル高政策が実行された。
「ドル高」とはすなわち「アメリカの株式や債券の、価値が高い」ということである。
そうなると外国の投資家も、アメリカの株や国債をほしがるようになり、結果的に世界中の投機マネーがアメリカに集まってくることになった。

そんな中「ITバブル」が発生した。アメリカでは1993年からインターネット・ウェブサイトが登場し、1994年にはネット上の仮想書店「アマゾン」がeコマース(電子商取引)の先駆けとして現れた。
そして先ごろ日本でも発売された、マイクロソフトの画期的なOS「Windows95」。 
さらに、インターネットでの株取引が始まった。
世界中の人々が、新しいツールである「インターネット」を通じて成長産業であるIT企業の株を買い、アメリカに投機資金を集中させ始めた。
こうしてアメリカでドル高政策が始まった。
それにより、勝ち組、負け組がきっちりと分かれいく。

経済の流動は、ミリタリー(軍事)バランスをも乱すことになる。
第二次世界大戦後、アメリカは国力をあげて「ソビエト社会主義共産圏」との「冷戦」を繰り広げた。
しかし突如として冷戦は終わる。
ドイツでは1989年11月9日に、ベルリンの壁が崩壊。東西ドイツが統一。
ソビエト連邦は、1991年12月5日に解体、ゴルバチョフ書記長が辞任。
ここからアメリカはポスト冷戦に向かって舵を切る。

戦後50年。アメリカでも辣腕を奮った主な首脳は、既に引退しており、政・財を束ねられる人材は枯渇していた。
金融経済が実物経済を凌駕し、外国のマネーを、アメリカのために自由に使うことができるようになり、「アメリカの意図」が国外まで及ぶようになった。
ポスト冷戦においては、アメリカの新しい国際戦略は、「アメリカ金融帝国化」だったわけである。

一方、日本は1991~1992年のバブル崩壊後、20年に渡る長期的な不況に入る。
アメリカ主導による金融政策緩和により、当然景気は上向くと考えられていた。
しかし勝利の女神は、アメリカにも、日本にも、周辺各国にも微笑まなかった。
短期的な景気の上向きは、世界各国のいずれかではあったものの、特に先進国では目を見張るような成長は無かった。

しかし、さしものフランク神津竜一をして(この状況、どうやって挽回してやろうか)と考えさせしむ事態だ。
「金と情報こそが、力」とずっと信じて、ここまで来た。
(この日本で、自分にできないことは、無い)という自信があった。

しかし、世界の政治・経済情勢は、神津をも許さず、大きな波として飲みこもうとしていた。


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