【連載小説】風は何処より(23/27)
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城所は、防衛庁内の応接室にいた。
壁の時計は、夜10時を回っている。
テーブルには、仕出し弁当が置かれている。
ふたを開けてみたが、内容は豪華で、2000円はしそうだ。
腹は減っているが食欲はない。手をつける気にはなれなかった。
(最後の晩餐って訳か…)
普段なら、床に就こうかという時間だが、今夜は眠くはならない。
窓の外は、煌々と六本木の夜のネオンが輝いている。
ふと、扉が開き、包帯で手を吊った真壁が入ってきた。
軽く会釈し、真壁が対面のソファに腰掛けた。
「本日は、お疲れ様でした。本当に有難うございました」
改めて、本日の作戦について、真壁がその功を労った。
「今日はどうなさいます?」
「もちろん帰るよ。嫁がうるさいンでね。」
「そうですか、お住まいまで送らせましょう」
表情を変えずに言う真壁に対し、(どうぜ帰り際に、交通事故に見せかけて、殺されンだろう…)と城所は思った。
しばしの沈黙の後、城所が口を開く。
「その前に、聞かせてもらいたい事があるンだが」
城所は、真壁の顔を見上げた。
「神津の話を聞いて、どう思った?あれは真実だと思うか?」
「どの点についてですか?」
「すべて、かな?あんたは、俺の子供ではなく、神津の娘だってのは、どうだい?」
「それは、私自身が一番驚きました」
「…そうかな?」
ひっかけるような表情で、城所は真壁を見た。
真壁は瞬間的に身構えた。(まさか、見透かされているのか?どこまで知っているのだ…)
玲子は、鼓動が早まるのを感じた。
「知ってたンじゃないのか?」
「いいえ」
玲子の口調は、いままでのように、あくまで淡々としている。
「流れ弾が、神津の命を奪った訳じゃあねェ。銃弾は、意志を持って、放たれたンだ。しかもだ、話の流れ上、あの場で俺が死ななかったのは、ただの偶然に過ぎねェ。
しかし、あの場で死ななかっただけで、今あんたは俺を殺ろうとしている。そうだろ?」
真壁は顔を強張らせた。
考えていたよりも、城所は頭がいいと思った。
70歳を超えた老人を口説くことなど、熟練の情報員の技をもってすれば、たやすいと考えていた。
しかし、この老人は違う。
さすが母の愛した男だと思った。
本当に血のつながりのある父親かどうか、定かではない。DNA鑑定などなかった時代、自分の出生を知るのは、母しかいない。
覚悟を決め、「私は、あなたを殺さなくてはなりません」と言い放った。
(やはり来たか)
城所は心の中でそう思った。
(帰れないと思ってたヨ)
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