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【ショートエッセー 神戸新聞文芸202311】日曜の晩の怪事 ※落選作
二〇二三年八月二十七日の日曜の晩、午後十時四十分頃のことだった。
カレーライスを作ろうとキッチンの水道のハンドルをひねったところ、蛇口の直径と同じ太さの水が勢いよく流れ出た。
水流を抑えようとハンドルをひねったが、水はいっこうに止まらなかった。
出す方、止める方、両方にひねっても水の勢いは変わらなかった。
野菜くずがキッチンシンクの排水口を塞いでいることもあって、シンクの水位は無慈悲にも上がっていく。
このままだとシンクから水が溢れて床が水浸しになる--
野菜くずを取り除いて水位の上昇を抑え、神戸市水道局に電話して助けを求めたところ、あなたは借家人だから修理業者を直接紹介できない、大家に業者を手配してもらえとものすごく事務的な答えが返ってきた。
応急処置で止水栓をひねって強制断水したらとアドバイスもしてくれたのだが、その止水栓が見つからない。
外に出てみたもののどこにあるのか分からない。
相変わらず蛇口から勢い良く流れ出る水を前に途方に暮れたわたしは不動産屋に電話をかけた。
留守電だったらどうしようと気が気ではなかったが、本気で祈ったからか担当者につながった。
担当者は冷静だった。
業者に連絡して修理日時の打ち合わせの電話をさせますと取り計らってくれた。
水道業者からの電話を待っている間、見慣れない筐体を開けると止水栓らしき栓があった。
止水栓を示す説明らしきものはついていなかったが、ままよ、と栓をひねると水が止まった。
これがうちの部屋の止水栓かと安堵して腰が抜けかけていたところに修理業者から電話がかかった。
修理は火曜日の昼二時からと決まった。
カレーライスは結局、止水栓を蛇口がわりに操って、多少の水を無駄にしながらも作った。
食べ終わって寝る頃には一時を過ぎていた。
火曜日の二時、約束通り修理業者が来てその日のうちに直してくれた。
蛇口のユニットごと交換しなければならないケースもあるらしいのだが、幸いパッキンとスピンドルを交換するだけで済んだ。
パーツを見せてもらうと交換のタイミングなのは素人目にも明らかだった。
パッキンはゴムが磨り減っていたし、スピンドルには水道水由来のカルシウムが結晶となってこびりついていた。
水道の水が突然止まらなくなるのはこんなに怖いことなのかと思い知ったが、最高に怖い思いをしたのは不動産屋の担当者だろう。
夏の終わりの日曜の晩に、名前もアパート名も部屋番号も告げないまま「水が止まらないんです。あの、キッチンの水道の水が止まらないんです」と中年男性が連呼するのを聞かされたわけだから。
もはや軽めの怪談である。
パニックになっていたとは言え、夜中にちょいとびっくりさせて、ごめんなさいね。
(終わり)
★『日曜の晩の怪事』は神戸新聞文芸2023年11月分発表に向けて書いたショートエッセーです。落選しましたが愛着のある作品なので公開することにしました。元原稿は改行していませんが、オンライン上読みやすくするため文ごとに改行しています。
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