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『違法の冷蔵庫』#ショートショート
俺はぬるくなったコーヒーをすすりつつ、ネットの海をさまよっていた。
すると、ある一つの記事が目に留まる。
「冷蔵庫」
世の中にはさまざまな電化製品が溢れていて、冷蔵庫もその例に漏れない。
国内外問わず、多くのメーカーがこぞって心血を注ぎ、今や多種多様の冷蔵庫がこの世に存在している。
しかし、それはあくまで合法的な世界での話である。
「ダークウェブ」という単語を耳目に触れたことがある人は少なくないだろう。
今、俺が目にしている記事によると、
ダークウェブにアクセスし、ある匿名の人物とやりとりをすることで「違法の冷蔵庫」を入手することができます。
また、この冷蔵庫は普通の冷蔵庫ではありません。
あなたが一番大切に想っていた人と再会することができる夢のような冷蔵庫です。
……。
俺には昔、七年間付き合っていた彼女がいた。
お互い、一途に想い合っていると思っていた。
でも、ある日、彼女が水商売で不特定多数の雄どもに股を開いていることを知った。
俺の友人がたまたま出くわしたのだ。
友人はすぐに気づいたらしく、俺に遠慮してキャンセルをしたそうだ。
そして、俺に連絡をくれた。
俺は信じられなかった。
でも、あとになって問い詰めたら、それは本当だった。
多額の借金があって、その返済のために仕方がなかった、と言っていた。
だが、俺の気持ちはもう彼女にはなかった。
俺たちは別れた。
でもその後、まもなくして彼女の親が俺に連絡してきた。
彼女が行方不明になった、と。
俺は何も知らなかった。
警察が俺の家まで来ることもあった。
元交際相手ということで取り調べをする必要があったらしい。
結局、彼女が見つかることはなかった。
できることなら、彼女にもう一度会いたい。
そして、謝りたい。
あのときは熱くなってごめん、と。
感情的なときに大事な判断をするべきでないことは痛感した。
冷静になった今だからこそ分かる。
もう一度彼女に会って、やり直したい。
やっぱり彼女が好きだって再確認できたから。
俺はあるルートを通じて、違法の冷蔵庫を入手した。
少々値が張ったが、あいつに会えるなら。
俺は目前にそびえる黒い箱……違法の冷蔵庫。
そのドアの取っ手部分に手をかけ、恐る恐る開いた――。
ブン。
鈍い音とともにドアが開く。
…………!?
うっ……うぁああああああああああぁああっ!!!!!!!!!!
俺は勢いよく飛び退いた。
異臭が一気に部屋中に充満する。
冷蔵庫の中には、バラバラになった肉塊が詰め込まれていた。
はぁはあはぁ……うっ…………はぁはあ……っ。
荒れた息を無理矢理抑え込みつつ、もう一度冷蔵庫に近づいていった。
……中を確認する。
肉塊。
肉。
肉。
肉。
……手?
俺はその「手らしきもの」をよく見てみた。
それは、確かに手だった。……人間の手。
そして、指に何かが付いているのが見える。
………………指輪。
…………。
……急にすべてがどうでもよくなった。
警察にも連絡しなくていい。
――俺はテーブルの上にあった果物ナイフを手に取り、思いっきり自分の喉元に突き刺した。
激痛が駆け抜けるとともに、赤黒い血がドロドロと噴き出してくる。
呼吸もできず、身悶えるように床に倒れ込む。
徐々に薄れゆく視界には、彼女にあげたペアリングの指輪が映っていた。
――これで、また会えるよ。