【往復書簡】12通目(仙仁透様)
今こうやって連ねている書簡のやりとりは、まさに手品の種明かしだなあと先のお返事を読みながら感じていました。毎度野暮ったい質問をしてしまって申し訳ない気持ちにもなるのですが、それ以上に毎度知りたい好奇心が優っておりますので、引き続き野暮な問いにお付き合いください。そのお返しでもなんでもないですが、こちらも真摯に解を出させていただく所存です。
さて、企画論・コンテンツ論の話はまたどこかでお酒を片手にやるとして、いただいた大将からのお題について連日頭を抱えていました。と言うのも、仕事柄「人生に影響を与えた本は?」だったり「ベスト本は?」だったり、本にまつわる質問はよくされるのですが、それらに対して芯を食った回答ができる自信が今のところまったくないからです。えっへん。
そう思う理由はいくつかあるのですが、とりわけ大きいのはまだベスト本を決められるほどたくさん読んでいないというブックバー店主として大変お恥ずかしいものです。ここで言うたくさんが実際どのぐらいの冊数なのかは自分でもわかりませんが、事実世の中にある多くの本の中身を未だ知らない状況で、自分が知っている狭小な範囲の中から安易にベストで括ってしまうことをできずにいます。それをやったところでたぶん相手にとって有益にはならないし、曲がりなりにも本に携わる立場上そんな中途半端なランキングを公開するのもなあ、と。
それでもどうしても「そこをなんとか教えてください!」と言われることもある(取材など)ので、その時には「今の気分で選びますよ!」と念押ししてその時の暫定ベストをお伝えすることはあります。その時点では間違いなくベストでそこに嘘はないのですが、明日には違う本をおすすめしているかもしれない。これまでそうやって誤魔化してきました。笑
ただ冒頭にも書いたように、どんな質問であれ答えることがこの書簡の醍醐味です。そして大将(って呼んだの初めてかもしれない!)がこのやりとりに興味を持ってくれてるのであれば、それはそれで嬉しい。あとそもそも気にするほどこのやりとりは読まれていない(と思う)ので、もっと気楽に、頭をグニャグニャと柔らかくして、書いている時に思い浮かんだ影響を与えた本を毎回一冊ずつ紹介していきたいと思います。TOP5ではないかもしれませんが、なるべく5冊(5往復)は続けるようにしますね。
こんなにくどくどと前置きを書くぐらい、自分が知らないことに対しては日頃なるべく丁寧に扱うようにしています。昔から石橋は叩きまくる慎重派で、何事も知らずに動くことに対してそれはそれは強い抵抗を持っていました。何かあればなるべく安全な道を選んで歩いてきたのですが、そんな中である時手にした『もやしもん』8巻に自分が抱く恐怖の答えが描かれていました。読んで以降、《未知》に対する自分のアプローチが自分が変わったと思います。
ご存知かもしれませんが、『もやしもん』では各巻ごとに扱われているテーマがざっくり決まっていて(だから単巻だけ読んでも面白い)、8巻のテーマは地ビールです。詳細は割愛しますが、登場人物の武藤さん(ミス農大のビール党)が己の無知に気づき、そこから行動を通して成長するまでの流れが一冊の中に見事にまとまっています。中でも武藤さんが先に書いた己の無知(とそれが故の失礼な発言の数々)に気づいた瞬間の一コマは漫画史に残る名シーンですし、似たような経験が何度もあったので余計に突き刺さりました。
そうはいってもやっぱり知らないものは怖いし、今でも石橋は叩きます。ただ怖いのは《知らない状態で動く》ことではなく《知らずに知ったような顔をして動く》ことだと気づいてからは幾分橋を渡るのも気が楽になったし、《未知》もなるべく触らない(避けるべき)ものから注意したら触れるものに変わりました。もしも変わってなかったら、たぶん会社を辞めてお店を開くなんてできてなかったはずです。
世の中を見渡せば知らずに好き勝手やってる(言ってる)事例はいくつもあります。探さなくても勝手に出てくる。そのひとつひとつに言及するつもりはないし、「知らなきゃ意見もできないのか」と反発したくなる気持ちもわからなくもありません。もちろん全員が知らない状態を怖がって口をつぐんでしまったらそこに議論は起こらないし、そうなるとつまらない。
知らないから何も言わないのではなく、無論知ったような顔をして言うのでもなく、大切なのはなるべくお互いがお互いを知る努力をし続けながら、わからないところは想像しながら、意見を出し合うこと。それができる世の中になったら素敵だなと思いつつ、まずはその初期段階としてこの書簡のやりとりをそうしていきたいなと思いました。まさか『もやしもん』の話からここまで飛躍するとは……。
さてさて、知らないということについてだらだらと書きましたが、じゃあどうなったら「知ってる!」と言っても許されるんでしょう。本の話だと、全部読むのはまあ不可能だとして、どのぐらい(何冊?)読んだら知ってると言えるのか。そういう《知ってる/知らない》の境目をどこに置くのかを考えるのは面白いのかもしれません。仙さんの見解もよければお聞かせください。
これは余談ですが、『もやしもん』主人公の沢木惣右衛門直保は菌やウイルスが肉眼で見える特殊能力の持ち主です。だからこの作品を選んだというわけではないですが、沢木が現実世界にいたら巷を賑わせている某ウイルスも捕まえられるのでは…と夢想しながら筆を置かせていただきます。
あ、こちらは一冊紹介しましたが、紹介のスタイルは合わせなくて良いので仙さんもお好きな方法でご紹介ください!
2020.03.11
普段よりちょびっと多めに寝て健康なシモダヨウヘイ
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