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斉藤さん
今日は8回目の結婚記念日だった。
ここ数年、結婚記念日に必ず行っているお寿司屋さん。
今年は行けないかと思っていたら予定が空いたので、当日予約で行ってみた。
この日だけは、回らない寿司を二人で食べる。
おまかせ2,500円。
2階のカウンター席。
10席程度の特別席みたいなカウンター。
その端に夫と私のいつもの席がある。
そのつもりで今日も行ってみると、当日予約だったし、時間も少し遅かったので先約がいた。
それは仕方なし。
反対側の端の席に案内される。
いつもの声が聞こえない。
板長の斉藤さん。
今日は休みなのかな。
私たちは意表をつかれつつも、
スイッチを切り替えて寿司を愉しむことや会話を愉しむことにした。
おまかせ握りと斉藤さんがいつの間にかわたしの中ではセットになっていたけど、初めて他の板前さんのおまかせを食べる。
いつもより早いテンポで寿司が出てきて、なんだか急かされる。
斉藤さんは、すごく気がつく人で、薄々すごい人だと思っていたが、今日は痛感する。
今日はお急ぎですか?
当たり前のように毎度確認される斉藤さん。
いいえ、この後は散歩するだけです、
毎度同じように答える私たち。
じゃ、ゆっくりしてくださいね、
と、ゆっくりと少しずつ十一貫を握ってくださる。
今日は何も聞かれず、
どんどこ出てくる。
いや、急いでないんだけどな
そう思ってもなんか言いづらい。
カウンターで握っているのに、決して私たちを見ないのだ。まだ若い板さんだった。
そして序盤にして決定的な違いを痛感することになった。
一貫ずつ出てくる、美味しくて、上品な握り。
わたしは左利きなのだが、
何度目の前で私が置き換えても、
右利き用に出してくるのだ。
カウンター席で寿司を出すなら。
わたしは当然お客様が利き手がどちらかを見るものだと思っていた。
斉藤さんが当たり前のようにそう出してくれていたから。
なるほど、斉藤さんいないと全然空気違うお店だな。
というかひょっとして斉藤さんて相当できる人なのかも?
結婚記念日と夫の誕生日にしかいかなかったので、食後にサービスでデザートまで用意して下さってたり。
ちょっといいお店のサービスくらいの質で接して下さっていた。
今日は斉藤さんお休みですか?
最後に聴いてみると、系列の別のお店に移動になったそうだ。
わたしはお店につく客ではなくて、人につく客なんだな、
今日はそんな発見をした。
斉藤さんのお寿司には、
間
がある。
美味しさの余韻と、会話を楽しむ間だ。
余白というのかもしれない。
どんな世界でも質の高い人ほど余白が効いてるんだな、そんなことに気付かされる。
斉藤さんの握るお寿司が無性に食べたくなった。