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【論文紹介】プシロシビン投与後の脳を可視化:拡散MRIが捉えた微細構造変化

拡散MRIが明らかにしたプシロシビンの時空間的効果

マジックマッシュルームの有効成分として知られる「プシロシビン」は、近年、うつ病などの精神疾患に対する新たな治療薬として世界中で注目を集めています。しかし、その効果のメカニズムはまだ完全には解明されていませんでした。

ウィスコンシン大学マディソン校の研究チームは、この謎に迫る研究成果を発表しました。彼らは、拡散MRIを用いることで、プシロシビンがマウスの脳の微細構造に与える影響を、時間経過とともに詳細に捉えることに初めて成功しました。


プシロシビンは脳のどこに、どう影響する?

研究チームは、マウスにプシロシビン、または比較対照として類似の化合物(6F-DET)や生理食塩水を投与し、24時間後と72時間後に脳のMRI画像を撮影しました。その結果、以下のような変化が明らかになりました。

  • 前頭連合野の変化: 投与後72時間で、前頭連合野(思考や意思決定に関わる領域)において、神経細胞の軸索(情報を伝えるケーブルのようなもの)の長さが伸びていることが分かりました。

  • 海馬と線条体の変化: 同じく72時間後、記憶や学習に関わる海馬、および運動や報酬に関わる線条体では、神経細胞の密度が低下していることが示唆されました。

  • 視床と扁桃体の変化: 視床(感覚情報を中継する領域)では、水分子の動きやすさが変化し、扁桃体(情動に関わる領域)では、神経突起の向きのばらつきが減少していました。

  • 一次視覚野の変化: 投与後24時間では、視覚情報を処理する一次視覚野において、水分子の動きやすさが変化していました。これは、プシロシビンによる幻覚体験と関連している可能性があります。

これらの変化は、プシロシビンが脳のネットワークを再編成し、うつ病などの症状を改善する可能性を示唆しています。

プシロシビンの独自メカニズム

プシロシビンと似た化合物である6F-DETは、脳の微細構造に異なる影響を与えることが分かりました。これは、プシロシビンの効果が、単に特定の神経受容体(5-HT2A受容体)を刺激するだけでなく、より複雑なメカニズムを介していることを示唆しています。

また、今回の結果は、プシロシビンが脳の接続性を低下させるという、fMRI(機能的MRI)を用いた先行研究の結果とも一致しており、脳の機能的変化と構造的変化の関連性を示唆する知見と言えるでしょう。

今後の課題と展望

本研究は、プシロシビンが脳の微細構造に与える影響を詳細に明らかにし、その作用メカニズムの解明に貢献するものです。拡散MRIは、プシロシビン治療の効果を予測・評価するための新たな指標(バイオマーカー)となる可能性も秘めています。

ただし、今回の研究はマウスを用いた実験であり、結果をそのまま人間に当てはめることはできません。今後は、人間を対象とした研究や、長期的な影響を評価する研究、さらには、個々の患者さんに最適な治療法を見つけるための研究(個別化医療)が求められます。

参考文献

Frautschi PC, Singh AP, Stowe NA, et al. Effects of psilocybin on mouse brain microstructure. AJNR Am J Neuroradiol. 2025 Jan 29:ajnr.A8634. doi: 10.3174/ajnr.A8634.

専門家向け解説

  • already known(既知の知見):

    • セロトニン作動性サイケデリック化合物(例:プシロシビン)は、大うつ病性障害(MDD)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの精神神経疾患の治療に有望である。

    • プシロシビンは、治療抵抗性うつ病に対して迅速かつ持続的な抗うつ効果を示す。

    • fMRIを用いた先行研究では、プシロシビンの急性効果として機能的結合(FC)の変化が報告されている。

  • unknown(未解明の点):

    • プシロシビンの抗うつ効果の根底にある生物学的メカニズムは完全には解明されていない。

    • プシロシビン投与後の脳微細構造における時空間的な変化の詳細は不明である。

    • 5-HT2A受容体作動後のサイケデリック効果が、転写および神経可塑性の違いの前提条件であるかどうか。

    • プシロシビンの脳全体への影響は完全には解明されていない。

  • current issue(現在の問題):

    • 既存の神経画像研究は、主にプシロシビンの機能的影響(fMRI)に焦点を当てており、脳微細構造への影響はほとんど調査されていない。

    • プシロシビンが特定のネットワークの統合または分離にどのように影響するかについては、機能的ネットワークまたは領域の接続性の分析が異なるため、一貫した定義がない。

  • purpose of the study(本研究の目的):

    • 拡散MRIを用いて、マウス脳におけるプシロシビン投与後の潜在的な時空間的微細構造変化を特定し、特性評価すること。

    • C57BL/6Jマウスにおいて、プシロシビン、6F-DET(6-fluoro-N,N-diethyltryptamine)、または生理食塩水を投与し、投与後24時間および72時間後の脳微細構造をex vivoで画像化し、比較すること。

  • Novel findings(新規な発見):

    • プシロシビン投与後72時間で、前頭連合野における平均軸索長(MTL)の増加、海馬と線条体における平均拡散率(MD)の増加と神経突起密度指数(NDI)の減少、視床におけるMDの増加、扁桃体における配向分散指数(ODI)の減少を認めた。

    • プシロシビンはデフォルトモードネットワーク(DMN)外の領域である前頭連合野(FAC)において、MTLの増加を誘発し、DMN外での同時発生的で補償的な接続性の変化を示唆した。

    • プシロシビンおよび6F-DET投与後24時間で、一次視覚野におけるMDの増加を認めた(これは、幻視に関連する一次視覚野の構造的・機能的違いと関連する可能性)。

    • 6F-DETは5-HT2A受容体アゴニストであるにもかかわらず、プシロシビンとは異なる脳微細構造への影響を示した。

  • Agreements with existing studies(既存研究との一致点):

    • 前頭連合野におけるMTLの増加、海馬と線条体におけるMDの増加とNDIの減少、視床におけるMDの増加、扁桃体におけるODIの減少は、ネットワークの接続性低下を示唆する先行研究の結果と一致する。

    • 一次視覚野における構造的および機能的な神経画像の違いが、幻視と関連しているという報告と一致する。

    • プシロシビン投与後の接続性の低下、特に神経突起の刈り込み(神経突起密度の減少)とそれに伴うDMNにおけるFCの減少を反映する神経生物学的変化と一致する。

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