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第8回:よくあるエラーとトラブルシューティング

これまでの連載で、コマンドライン操作から始まり、bashスクリプトで脳画像解析結果を処理・可視化する一連のフローを学びました。しかし、実際の作業では、環境やファイル状況によって様々なエラーや問題に直面することがあります。
ここでは、特によくあるエラー状況とその対処法をまとめたトラブルシューティングガイドを紹介します。連載終了後も、問題にぶつかったときに参照できる「FAQ」として活用してください。


1. 環境変数FSLDIRが設定されていない場合

症状:FSLDIRが見つからない、fslhdやfslstatsなどのFSLコマンドが実行できない。
原因:FSL環境が読み込まれていないか、インストールが不完全。
対処法1FSL環境をロードする
通常、FSLDIRを設定するには、FSLインストール後にFSLDIRを指すエントリを.bashrcや.bash_profileに追加します。または、fslinstaller.pyを使用したインストール時にFSLDIRが自動セットされます。

export FSLDIR=/usr/local/fsl
source $FSLDIR/etc/fslconf/fsl.sh
PATH=${FSLDIR}/bin:${PATH}

この設定を .bashrc に入れておくと、ログイン時に自動でFSLDIRがロードされます。

対処法2インストールの確認:
echo $FSLDIRでパスが出るか確認し、which fslhdで正しくfslhdコマンドが参照できていればOK。

対処法3sudo権限が必要な場合:
インストール先がシステムディレクトリで権限が必要なこともあります。
ユーザ権限で使えるディレクトリへFSLをインストールします。

2. 入力データ不足時のエラー処理方法

症状:スクリプト実行時に「ファイルが見つかりません」「mean_FAがありません」「tfce_corrpファイルがありません」などのメッセージが出る。
原因:スクリプトが期待する入力ファイルが存在しないため。

対処法1ファイルパスやディレクトリを再確認
lsコマンドで、該当ファイル(例えばmean_FA.nii.gz)が本当にあるか確認します。
TBSS解析が完了しているか、解析結果ファイルがスクリプトと同じディレクトリにあるかをチェックしましょう。

対処法2スクリプトのパス指定を修正
スクリプト内でtfce_corrp_tstat1.nii.gz等、相対パスで指定している場合、cdでそのディレクトリに移動してから実行するか、絶対パスで指定します。

対処法3解析段階が終わっているか確認
TBSS解析やFSLの統計解析がすべて終了しているか見直します。解析中断や不完全な出力が原因でファイル未生成となることがあります。

3. 実行権限やパス設定の問題対処

症状:permission deniedエラーが出る、あるいはcommand not foundエラーが出る。

対処法1スクリプトに実行権限を付与することで実行可能になります。

chmod +x script.sh
./script.sh

対処法2パスが通っていない
./script.shのように、現在のディレクトリを明示した形で呼び出します。
PATHを通したい場合は、.bashrcや.bash_profileにexport PATH=$PATH:/path/to/your/scriptsを追加します。

対処法3fslコマンドが見つからない
FSLDIRが正しく設定されていないか、PATHに$FSLDIR/binが含まれていない可能性があります。FSLの設定を再確認してください。

4. fsleyesが起動しない・表示が崩れる

症状:fsleyesコマンドを打ってもGUIが起動しない、エラーを吐く、または画像表示が正しくない。

対処法1ディスプレイ環境の確認
リモートサーバー上でfsleyesを実行しようとしている場合、X11転送や仮想ディスプレイ設定が必要です。ssh -XやXQuartz(macOSの場合)でX転送を有効化し、ローカルマシンでGUIを表示できるようにします。

対処法2fsleyesのバージョン確認
FSLのバージョンやインストール状況を確認。最新版であればfsleyesコマンドがGUIを起動できるはずです。
fsleyes --version でバージョンをチェックできます。

対処法3環境変数DISPLAYの確認
DISPLAY環境変数が設定されていないとGUI表示ができません。
echo $DISPLAY で値が設定されているか確認します。

5. スクリプトが途中で止まる・エラー行が分からない

症状:スクリプトが途中で停止し、何が問題か分からない。

対処法1set -euo pipefailの活用
既に紹介したとおり、set -euo pipefailをスクリプト先頭で有効にしておくと、エラー発生時に即停止しますが、どこで止まったか分かりやすくなります。

対処法2デバッグ用echo挿入
スクリプト中の各ステップ前にecho "Now doing X..."などとログメッセージを挿入することで、どこまで実行されたか分かります。

対処法3bash -xでトレース実行

bash -x script.sh

と実行すると、実行中のコマンドがすべて表示され、エラー箇所が特定しやすくなります。

6. よくある質問集(FAQ)

Q1:NIfTIファイルを別のディレクトリから参照したいのですが?
A1:絶対パス(/full/path/to/file.nii.gz)を使用するか、スクリプト内でcdコマンドで移動した上で相対パスを使います。

Q2:異なる閾値(0.90や0.99)で有意差判定をしたい場合は?
A2:スクリプト中のthreshold=0.95などと設定している変数の値を変更するだけです。他の値にするだけで同じロジックで判定できます。

Q3:カラーマップや表示範囲を変えたいのですが?
A3:fsleyes起動部分のオプション(-dr, -cmなど)を変更します。これらは変数化しておくと再利用・変更が簡単です。

Q4:並列処理が重くてサーバーが負荷過多になります。
A4:&を付けないで逐次処理するか、waitする前にsleepを入れるなど、並列度を下げる工夫をします。上級者向けにはxargs -PやGNU Parallelなどで並列数制御が可能です。

Q5:bash以外のシェルを使いたいのですが?
A5:本連載はbash前提で紹介しましたが、zshやdashでも基本的なロジックは同じ。ただし、シェル固有の構文やオプションがあるため、スクリプト内の文法を互換性に注意して修正してください。

成果物:トラブルシューティングガイド

本記事そのものがトラブルシューティングガイドとして機能します。
困ったときは、

  • FSL環境(FSLDIR)の設定確認

  • ファイルの存在とパス確認

  • 実行権限とPATH設定

  • fsleyes起動環境(X11転送やディスプレイ設定)

  • スクリプトのデバッグ(bash -x、ログ出力)

などを順に試してください。

まとめ

これで、基礎から最終的な自動化パイプラインの完成、そしてトラブルシューティングまで一通りカバーしました。
本連載を通して得た知識を活用し、今後の研究や解析タスクを効率的に進めてください。もし新たな問題に直面しても、このガイドやオンラインのドキュメント、コミュニティを活用して解決を図りましょう。
これにて全8回の連載は終了です。お疲れさまでした!


付録 A~Z順 用語集

AWK(awk)
テキスト処理用のコマンドで、行やフィールド単位でテキストを操作できるツール。awk '{print $2}' fileのように、指定した列を抽出するなど、複雑なテキスト処理が可能。
Bash
LinuxやmacOSで標準的に使われる「シェル」の一種。ユーザーがコマンドを入力すると、Bashがコマンドを解釈して実行する。スクリプトを書くことで一連の処理を自動化できる。
bc
Unix系OSで利用可能な計算ツール。echo "0.96 >= 0.95" | bcのように使って、小数点を含む数値比較が可能。bash単体では浮動小数点計算ができないため、判定にbcを用いることがある。
cd
"Change Directory"の略。ディレクトリ(フォルダ)間を移動するコマンド。
chmod
"Change Mode"の略。ファイルやスクリプトに実行権限を付与するコマンド。chmod +x script.shでscript.shを実行可能にする。
CLI(Command Line Interface)
コマンドラインインターフェースの略。文字ベースでコンピュータに指示を出す操作方法。GUIに対し、コマンドを直接入力して操作する。
colormap(カラーマップ)
脳画像表示ソフト(fsleyesなど)で、数値の分布を色で表現するためのパレット。red-yellowやblue-lightblueなど特定の色の組み合わせで、値の大小を分かりやすく視覚化する。
cut
テキスト処理コマンド。指定した区切り文字(d)とフィールド番号(f)を用いて、テキストの一部(列)を抽出する。
directory(ディレクトリ)
ファイルを格納するための場所(フォルダ)を指す。階層構造でファイル管理を行うための基本要素。
display range(-dr)
画像表示範囲指定のオプション。fsleyesで-dr min maxとすることで、表示する画素値の範囲を調整できる。
environment variable(環境変数)
システムやシェルが持つ設定情報を格納する変数。$FSLDIRのように、FSLツールへのパス情報を持ち、コマンド実行時に参照される。
fslhd
FSLに含まれるコマンドで、NIfTIファイルのヘッダ情報(画像サイズやボクセルサイズ、座標系など)を表示する。
fslstats
FSLに含まれるコマンドで、NIfTIファイルの統計値(最小値、最大値、平均値、標準偏差など)を計算する。
FSL(FMRIB Software Library)
オックスフォード大学で開発された脳画像解析ツールセット群。TBSSや様々な前処理・解析ツールを含み、fslhd, fslstats, fsleyesなど多数のコマンドが使用可能。
FSLDIR
FSLがインストールされているディレクトリを指す環境変数。FSLツールを使うために正しく設定しておく必要がある。
fsleyes
FSLに含まれるGUIベースの脳画像可視化ツール。コマンドラインオプションで複数の画像を重ね合わせたり、表示範囲やカラーマップを指定したりできる。
grep
テキスト検索コマンド。grep pattern fileで、指定したパターン(文字列)を含む行を抽出する。
If文
条件分岐を行うためのbash構文。条件が真なら特定の処理を実行し、偽なら別の処理を行うことができる。
Linux/UNIX
コマンドライン操作を基本とするOSファミリ。多くの生物医療系解析ツールがLinux/UNIX環境で動作する。
ls
ディレクトリ内のファイルを一覧表示するコマンド。
mean_FA
TBSS解析で生成される平均FA(Fractional Anisotropy)のテンプレート画像。白質スケルトン構造を示す基準画像として用いることが多い。
mean_FA_skeleton
TBSS解析で作成されるFAスケルトン画像。グループ比較の基準線で、個々の被験者のFA値をこのスケルトン上に投影する。
mktemp
一時ファイルを安全に作成するコマンド。予期しないファイル上書きを防ぐため、一意のファイル名を自動的に生成する。
NIfTI (.nii.gz)ファイル
脳画像解析で標準的なデータ形式。3Dまたは4Dの脳画像データとヘッダ情報を1つのファイルにまとめて扱える。
Parallel Processing(並列処理)
同時に複数のコマンドを実行すること。bashではコマンド末尾に&を付け、最後にwaitで全コマンドの終了を待つことで簡易的な並列実行が可能。
PATH
コマンド検索パスを定義する環境変数。PATHにディレクトリを追加すると、その中のコマンドをフルパス指定なしで実行できる。
pipe(|)
コマンドの出力を次のコマンドの入力へ直接渡す仕組み。ls | grep pattern のように使い、複数のコマンドを組み合わせて処理する。
pwd
"Print Working Directory"の略。現在の作業ディレクトリ(自分がどこで作業しているか)を表示するコマンド。
redirect(>, 2>, >>)
コマンドの標準出力や標準エラー出力をファイルに書き込む仕組み。>は上書き、>>は追記、2>はエラーメッセージ用出力。
skeleton(スケルトン)
TBSSで使用する白質スケルトン。グループ内の共通構造を示す細いラインに各被験者データを投影し、統計解析を行う。
TBSS(Tract-Based Spatial Statistics)
FSLパッケージに含まれる拡散テンソル画像解析手法。FA値を標準空間スケルトン上で比較し、有意なグループ差を検出する。
tfce_corrpファイル
Threshold-Free Cluster Enhancement (TFCE)による補正済みp値マップファイル。解析結果で有意な差がある領域をボクセル単位でp値として格納する。corrpはcorrected p-valueを意味する。
TFCE(Threshold-Free Cluster Enhancement)
統計解析手法の一つ。クラスタ閾値を設けずに有意な領域を抽出する方法で、p値マップ(tfce_corrp)として結果が出力される。
threshold(閾値)
統計的有意差判定などで用いる境界値。たとえば0.95以上を有意とみなす、といった基準となる数値。
trap
シェルスクリプトの中で、スクリプト終了時(正常・異常問わず)や指定シグナル受信時に特定の処理(例:一時ファイル削除)を実行する仕組み。
tbss_fill
TBSS解析後、有意差のある領域を強調表示(fill)した画像を生成するFSLツール。tfce_corrpファイルとmean_FAを基に、*_fill.nii.gzファイルを出力する。
wait
バックグラウンド(&)で実行中のコマンドがすべて終了するまで待機するコマンド。並列実行後に処理が完了するのを待つ際に用いる。


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