【論文紹介】脳卒中の原因、脳小血管病に迫る! 遺伝子研究が解き明かす予防・治療戦略
脳卒中は、日本人の死因の上位に位置し、介護が必要となる主な原因の一つです。その中でも「脳小血管病」は、脳の奥深くの細い血管が障害されることで発症し、ラクナ梗塞や脳出血、さらには認知症を引き起こす厄介な病気です。しかし、その原因や有効な予防・治療法については、まだ十分に解明されていませんでした。
そんな中、最新の遺伝子研究が脳小血管病のメカニズムに迫り、新たな予防・治療戦略につながる研究が発表されました。
遺伝子解析で迫る、脳小血管病のリスク因子
この研究では、「メンデルランダム化」と呼ばれる遺伝疫学的手法を用いて、脳小血管病と様々な要因との因果関係を調査しました。これは、遺伝子情報を用いることで、従来の観察研究で問題となる交絡因子や逆因果の影響を排除し、より強固な因果推論を可能とする手法です。
具体的には、血圧、脂質、血糖値、肥満度、喫煙・飲酒習慣、身体活動量など、様々な要因に関連する遺伝子変異を特定し、それらが脳小血管病の発症リスクとどのように関連しているかを解析しました。
血圧、血糖、肥満… 脳小血管病との関連が明らかに
その結果、以下の要因が脳小血管病の発症リスクと関連していることが明らかになりました。
血圧: 収縮期血圧、拡張期血圧、脈圧のいずれも、脳小血管病のリスクを高めることが示されました。特に、収縮期血圧と拡張期血圧は、脈圧よりも強い関連を示しました。
脂質: トリグリセリド(中性脂肪)の上昇とHDLコレステロール(善玉コレステロール)の低下が、脳小血管病のリスクを高めることが示されました。
血糖: 2型糖尿病と高いHbA1c値は、脳小血管病のリスクを高めることが示されました。特に、インスリン抵抗性を示す指標であるトリグリセリド/HDLコレステロール比が高いほど、リスクが高まることが明らかになりました。
肥満: BMI(肥満度)とウエスト/ヒップ比が高いほど、脳小血管病のリスクが高まることが示されました。
喫煙: 喫煙歴が長いほど、脳小血管病のリスクが高まることが示されました。
身体活動: 余暇時間に中等度から激しい強度の身体活動を行う人は、脳小血管病のリスクが低いことが示されました。
新たな治療標的? 特定の薬剤クラスに注目
さらに、この研究では、特定の薬剤クラスが脳小血管病の予防や治療に有効である可能性も示唆されています。
カルシウム拮抗薬(CCB): 高血圧の治療薬であるCCBは、脳小血管病の画像マーカーを改善する可能性が示されました。
CETP阻害薬: HDLコレステロールを増加させるCETP阻害薬は、脳小血管病のリスクを低下させる可能性が示されました。
LPL活性化薬: トリグリセリドを低下させるLPL活性化薬は、脳小血管病のリスクを低下させる可能性が示されました。
GIPR阻害薬: 肥満治療薬として期待されるGIPR阻害薬は、脳小血管病のリスクを低下させる可能性が示されました。
まとめ:脳小血管病の予防と治療に新たな光
この研究は、脳小血管病の発症メカニズムに遺伝的側面から迫り、その予防と治療に新たな光を当てる重要な成果です。
今回明らかになったリスク因子を適切に管理し、さらに、示唆された薬剤クラスの有効性を検証することで、脳小血管病の効果的な予防・治療戦略の確立につながることが期待されます。
参考文献:Koohi F, Harshfield EL, Gill D, et al. Optimizing treatment of cardiovascular risk factors in cerebral small vessel disease using genetics. Brain. 2024 Dec 11:awae399. doi: 10.1093/brain/awae399.
専門家向け解説
既知の知見(already known)
脳小血管病はラクナ脳梗塞、脳出血、血管性認知症を引き起こす。
脳小血管病の典型的なMRIの特徴には、ラクナ梗塞や白質高信号が含まれる。
厳密なMRIを用いたラクナ梗塞の診断により、CTでラクナ梗塞と診断された患者の半数が脳小血管病を有さないことが示されている。
大規模なリスク因子研究は少ない。
高血圧治療のみ、ラクナ梗塞に対して有効なエビデンスがある。
未解明の点(unknown)
従来の心血管リスク因子を治療することで、脳小血管病における脳卒中リスクを軽減できるかどうかは、全体的な脳卒中とは対照的にほとんど試験されていない。
どのリスク因子が脳小血管病と因果関係にあるかについての完全なデータはない。
急性梗塞のリスク因子ではなく、より慢性的な脳小血管病の特徴に関する情報が不足している。
心血管リスク因子の二次予防がラクナ梗塞の転帰を改善するかどうかに関する臨床試験データは限られている。
ラクナ梗塞における治療法が特異的に有効であるかどうかは不明である。
現在の問題(current issue)
脳小血管病の病態の根底にある機序の理解が不足しているため、治療法がほとんど確立されていない。
臨床的なラクナ症候群の診断とCT脳画像診断に基づいて脳卒中を分類すると、解釈が複雑になる。
ラクナ梗塞における脳卒中の一般的な二次予防戦略は、主に虚血性脳卒中全体のエビデンスから推測されている。
本研究の目的(purpose of the study)
メンデルランダム化(MR)法を用いて、どのリスク因子が脳小血管病と因果関係にあるかを調査すること。
特定の薬剤が脳小血管病予防に有効であるかどうかを評価すること。
高血圧、脂質異常症、高血糖、肥満の薬剤標的摂動のプロキシとしての遺伝的変異を解析すること。
ラクナ梗塞および脳小血管病の治療に有効な薬剤標的を特定すること。
新規な発見(Novel findings)
血圧(収縮期血圧、拡張期血圧、脈圧)とラクナ梗塞および脳小血管病の画像マーカーとの間に強い因果関係があることを示すエビデンスを発見した。
2型糖尿病、肥満、喫煙、高トリグリセリド値、HDLに対するトリグリセリド比率の上昇はラクナ梗塞リスクに対して有害な影響を示し、一方、HDLコレステロール濃度の上昇と中等度から激しい身体活動は保護的な影響を示した。
BMIと喫煙の有害な影響、および中等度から激しい身体活動の白質高信号に対する保護効果を発見した。
CCBによる血圧低下、CETP阻害薬によるHDL上昇、LPL標的薬によるTG低下、GIPR阻害薬による体重減少に効果がある可能性を示唆するエビデンスを発見した。
既存研究との一致点(Agreements with existing studies)
高血圧が脳小血管病の重要な修正可能リスク因子であることと一致。
収縮期および拡張期血圧は脈圧よりも強い関連を示し、SPRINT試験の結果と一致。
降圧薬のクラスによって脳卒中のリスクに差があり、血圧変動への影響と関連している可能性が示唆されている。
CCBが血圧変動を減少させ、ACE阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬、β遮断薬は増加させるというメタアナリシスの結果と一致。
高HDLコレステロール値がラクナ梗塞および白質高信号のリスクを低下させるという先行研究と一致。
CETP遺伝子座でHDLを増加させる遺伝的変異がラクナ梗塞および白質高信号リスクの低下と関連していることは、以前のMEGASTROKE研究と一致。
TG値を上昇させる遺伝的素因がラクナ梗塞のリスクを高めるという所見は、以前のMEGASTROKE研究と一致。
LPL遺伝子座のTG低下バリアントが、MRIで確認されたラクナ梗塞のリスク低下と名目上白質高信号と関連していることは、最近の研究と一致。
疫学データと一致して、2型糖尿病(T2D)、HbA1c、TG:HDL比(インスリン抵抗性のマーカー)を含むいくつかの血糖マーカーとラクナ梗塞との関連を発見。
ABCC8遺伝子座(スルホニル尿素薬の標的)の血糖降下バリアントが、GIGASTROKEからのラクナ梗塞リスクの低下と関連していることを示す薬剤標的MR解析は、先行研究と一致。
BMIとラクナ梗塞および脳小血管病マーカー、WMRとラクナ梗塞との因果関係の可能性は、肥満の役割を支持。
喫煙と脳小血管病に関する矛盾した結果は、喫煙の定義が標準化されていないことが一因である可能性。
身体活動の保護効果に関する支持は、最近のレビューと一致。
既存研究との相違点(Disagreements with existing studies)
総コレステロールまたはLDLと脳小血管病との因果関係を支持する証拠はほとんどなく、以前の疫学研究と矛盾。
MEGASTROKEデータを用いた多民族GWASメタアナリシスからのラクナ梗塞データを用いた以前の研究とは対照的に、ラクナ梗塞との関連は有意ではなかった。
Taylor-Batemanらは、喫煙開始と白質高信号との因果関係を報告したが、本研究では因果関係を明確に立証できなかった。
身体活動と脳小血管病に関する最近のレビューでは矛盾した結果が見つかったが、本研究では保護効果を支持。