見出し画像

【論文紹介】脳の加齢を理解する新たな鍵:白質の変化を詳細に捉える最新技術

脳の加齢を理解する新たな鍵:白質の変化を詳細に捉える最新技術

最新の研究で、脳の「白質」と呼ばれる部分の加齢に伴う変化を詳細に捉える新しい画像解析技術が、従来の技術よりも優れていることが明らかになりました。この発見は、加齢に伴う認知機能の低下を理解し、予防や治療法の開発に役立つと期待されています。


従来の手法では捉えきれない、白質の微細な変化

脳は、神経細胞が集まる「灰白質」と、神経細胞同士をつなぐ神経線維の束である「白質」で構成されています。白質は、脳の異なる領域間の情報伝達を担う重要な部分であり、加齢に伴ってその構造が変化することが知られています。この白質の変化は、記憶力や注意力などの認知機能の低下と関連していると考えられています。

これまで、白質の変化を調べるためには、主に「テンソルベース」と呼ばれる画像解析技術が用いられてきました。しかし、この技術では、神経線維が複雑に交差する部分の変化を正確に捉えることが難しいという問題がありました。

新技術「Fixel-based analysis (FBA)」がもたらすブレークスルー

そこで、今回の研究では、「Fixel-based analysis (FBA)」と呼ばれる新しい画像解析技術を用いて、高齢者636名の脳の白質の変化を調べました。FBAは、神経線維の方向や密度などを、より詳細に解析できる技術です。

その結果、FBAは従来のテンソルベースの手法よりも、加齢に伴う白質の変化をより正確に捉えられることが分かりました。具体的には、FBAを用いることで、加齢とともに特定の領域で神経線維の密度や太さが減少することや、逆に他の領域では増加することなどが明らかになりました。


認知機能との関連性:脳弓の変化がカギを握る?

さらに、FBAで捉えられた白質の変化と、記憶力や注意力などの認知機能との関連を調べたところ、加齢とともに神経線維の密度や太さが減少する領域は、認知機能の低下と関連していることが分かりました。

特に、「脳弓」と呼ばれる、記憶に関わる重要な神経線維の束の変化が、認知機能と強く関連していることが示されました。これは、脳弓の加齢に伴う変化が、認知機能低下の重要な要因の一つである可能性を示唆しています。

加齢に伴う脳の変化:男性と女性で異なる?

また、本研究では、男性と女性で加齢に伴う白質の変化のパターンが異なることも明らかになりました。具体的には、男性の方が女性よりも、加齢とともに白質の変化が大きくなる傾向が見られました。

この結果は、加齢に伴う認知機能低下のリスクが、男性と女性で異なる可能性を示唆しており、今後、性差を考慮した予防や治療法の開発が重要となるでしょう。

今後の研究への期待:認知症の予防・治療法開発に向けて

本研究は、FBAという新しい画像解析技術を用いることで、加齢に伴う白質の変化をより詳細に捉え、認知機能との関連性を明らかにした点で、非常に重要な成果と言えます。

今後は、FBAを用いて、さらに多くの高齢者の脳を調べ、加齢に伴う白質の変化の個人差や、その変化に影響を与える要因などを解明していくことが期待されます。これらの研究は、加齢に伴う認知機能の低下を予防し、認知症などの疾患の早期発見や治療法の開発に貢献すると考えられます。

まとめ:最新技術で、脳の健康を守る

FBAは、加齢に伴う脳の変化を理解するための強力なツールとなることが示されました。今後、FBAを用いた研究が進むことで、脳の健康を守り、いつまでも若々しい脳を保つための新たな方法が見つかることが期待されます。

参考文献

Tinney EM, Warren AEL, Ai M, et al. Understanding Cognitive Aging Through White Matter: A Fixel-Based Analysis. Hum Brain Mapp. 2024 Dec 15;45(18):e70121. doi:10.1002/hbm.70121.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39720841/

専門家向け解説

already known(既知の知見)

  • 加齢は、白質の広範な変化と関連している (Liu et al., 2017; Madden et al., 2012)。

  • 白質の変化は、加齢に伴う認知機能の低下と関連している (Charlton et al., 2006; DeCarli et al., 1995; Turken et al., 2008)。

  • 白質は、ミエリン化軸索、非ミエリン化軸索、ミエリン産生グリア細胞で構成され、大脳半球の体積の約半分を占める (Zhang and Sejnowski, 2000)。

  • ミエリン化軸索は、皮質下および皮質領域間の効率的な神経伝達を促進する役割を担っている (Wang et al., 2008)。

  • 加齢に伴い、脱髄が起こり、神経伝達物質の効率が低下し、白質の変性と認知機能の低下につながる。

  • 白質の完全性は、拡散強調画像 (DWI) を用いて非侵襲的に評価できる (Basser and Pierpaoli, 1996)。

  • DWIは、水分子の動きを捉え、脳組織の微細構造の完全性と組成を調べるために使用できる。

  • 白質では、水分子は通常、軸索束の長軸に平行な方向に拡散する。

  • 従来のテンソルベースのアプローチでは、ボクセル内の相対的な方向性 (異方性度:FA) と拡散率 (平均拡散率:MD) を測定することで、白質の完全性を間接的に評価する (Basser and Pierpaoli, 1998)。

  • 軸方向の拡散率 (AD) は、主拡散軸に沿った拡散率であり、軸索損傷の指標と考えられている (Song et al., 2003)。

  • 寿命全体にわたる加齢と認知機能の低下は、FAの低下とMDおよびADの増加と関連している (Bender, Völkle, and Raz, 2016; Charlton et al., 2006; Coelho et al., 2021; Sexton et al., 2014; Tinney et al., 2023)。

  • しかし、加齢に伴う白質の変性は、一貫性のない結果も示されている (Kumar et al., 2013; Mendez Colmenares et al., 2023; Oschwald et al., 2021)。

unknown(未解明の点)

  • テンソル由来のボクセルベースの指標が、加齢に伴う白質経路の変化の程度と特異性を完全には捉えられていない可能性がある。

  • 従来のテンソルベースの分析では、単一ボクセル内の複数の交差する繊維経路の存在をモデル化できず、ほとんどの白質ボクセルで見られる交差繊維の問題がある (Jeurissen et al., 2012)。

  • テンソルベースの指標は、軸索の特性に非特異的であり、軸索外の信号汚染のために指標が誤解を招く可能性がある (Beaulieu, 2014; Dhollander et al., 2021)。

  • テンソルベースの指標は、ボクセル全体の平均を表すため、加齢や認知機能と関連する可能性のある、ボクセル内の繊維特異的な変化に鈍感である。

  • Fixel-based analysis (FBA) が、従来のテンソルベースのアプローチと比較して、白質の微細構造、年齢、認知機能の関係を評価する上で、より高い感度を示すかどうか。

  • FBA指標の加齢に伴う変化が、認知機能と関連しているかどうか。

  • FBA指標と年齢の関係における、APOE4、白質過剰信号 (WMH)、性別の影響。

current issue(現在の問題)

  • 加齢とDWIの研究分野における従来の研究では、複雑な白質の繊維構造に対応できない解析アプローチに限界がある。

  • 従来のテンソルベースの分析では、単一ボクセル内に複数の交差する繊維経路が存在することをモデル化することができない。

  • テンソルベースの指標は、ボクセル全体の平均を表すため、加齢や認知機能と関連する可能性のある、ボクセル内の繊維特異的な変化に鈍感である。

  • これらの問題は、加齢に伴う白質変性の程度と特異性を過小評価、または過大評価している可能性がある。

purpose of the study(本研究の目的)

  • 高齢者の白質の繊維特異的な年齢と認知機能との関連を調査するために、"fixels" (fiber-bundle elements) に基づく新しい分析アプローチ (Fixel-based analysis: FBA) を利用する。

  • FBAと従来のテンソルベースの分析を比較し、それぞれの感度を評価する。

  • 加齢に伴う白質変性と認知機能低下の関連性を調査するために、FBA指標と認知機能の関連性を検討する。

  • 年齢とFBA指標の関係における、APOE4、白質過剰信号 (WMH)、性別の影響を検討する。

  • 65歳以上の高齢者における加齢に伴う白質変性の検出において、FBAが従来のテンソルベースの分析アプローチよりも高い感度を示すという仮説を検証する。

Novel findings(新規な発見)

  • FBA指標(FD, logFC, FDC)は、年齢および認知機能と有意に関連していた。

  • FBAは、従来のテンソルベースのアプローチよりも、高齢者の加齢に伴う白質の違いに対して、より高い感度を示した。

  • 加齢に伴う白質の完全性の違いは、脳全体で異なる発現を示し、一部の経路では加齢とともに増加を示し、他の領域では減少を示した。

  • 年齢と負の関連を示した領域のみが、認知機能と関連していた。

  • 年齢と負の関連を示した領域におけるFDとFCは、処理速度と注意制御と有意に関連していた。

  • 年齢と負の関連を示した領域におけるFCは、ワーキングメモリとも有意に関連していた。

  • 男性では、女性と比較して、加齢に伴う白質の完全性の低下が大きいことが示唆された。

Agreements with existing studies(既存研究との一致点)

  • FDCの減少と加齢との間に広範な関連が見られ、先行研究と一致する (Han et al., 2023; Kelley et al., 2021; Zivari Adab et al., 2020)。

  • 年齢と負の関連を示した領域(特にFX、視床、線条体路)におけるFDの減少とFCの増加は、先行研究と一致する (Choy et al., 2020; Han et al., 2023)。

  • CCとIFOにおけるFAと加齢との関連は、先行研究と一致する (Sala et al., 2012)。

  • CCとIFOにおけるFAとFDCの関連は、先行研究と一致する (Kelley et al., 2021)。

Disagreements with existing studies(既存研究との相違点)

  • 従来のテンソルベースの分析では、年齢と有意な関連を示さなかった。これは、先行研究で一貫して報告されている結果と異なる。


いいなと思ったら応援しよう!