エクイティ調達虎の巻(上巻:事前準備編)
スマートバンクCFOの下河原です(X@YShimogawara // Note)。
今回の資金調達に伴って、アーリーステージCFOの業務について執筆しました。
その後、「エクイティ調達どうやったのか教えて欲しい」という要望もいただいたので、「エクイティ調達虎の巻」を大公開します。
全部書くと一大長編になってしまうので、 今回は調達前の事前準備に絞っています。
今後、中巻ではピッチブックの実際のスライド構成を説明し、下巻では調達周りの事務プロセスについて解説をする予定です。
大前提:調達のHOW TOに入る前に
調達だけ頑張っても意味がない
元も子もない発言ですが、「調達だけ頑張っても意味がない」です。
仮に自分が投資家だとして、以下の4社のどれに投資したいでしょうか?
業績は抜きん出て良い。経営陣やチームも優秀な最高のスタートアップ
経営陣やチームは素晴らしいが、業績は芳しくない
経営陣やチームの魅力は伝わり切らないが、業績はすごく良い
経営陣・チームの魅力もいまいち伝わらず、業績も良くない
投資家なら間違いなく1に投資したいし、4は避けたいでしょう。2か3は優越つけ難いですが、調達のステージがレイターであれば、2よりは3に投資したい気がします。
資金調達において何よりも大事なのは、「事業を強くすること」「事業を強くするためのチームを作ること」です。
資金調達の時になって「頑張って投資家を説得するための資料を作るぞ!」と意気込むより、今から達成しないといけない数字を見据えてアクションを取る方が有意義です。
次の調達までに達成していないといけない数字は何か
財務数字(売上、利益、エコノミクスなど)
プロダクトKPI(ユーザー数、ARPU、retentionなど)
次の調達までに達成していないといけないチームは何か
どういうチームを各部門で、いつまでに採用していないといけないか
このマイルストーンを引いた上で、そのマイルストーンを達成するために「今から頑張る」ことが最も大事です。
私も入社直後は、既存・新規の無数の投資家と面談して、「どういう上り方をしたら、次回の調達で評価してもらえるか」「何を伸ばしたら良くて、何が課題なのか」を沢山教えていただきました。
既存投資家と深夜に2時間電話しながら、今の事業やチームの課題を指摘してもらって、「今の調達環境踏まえたら、このままだと次難しいかも」と、耳の痛い指摘を最後にもらったことも強く覚えています。
調達を死ぬ気でやるなら、調達前の事業を伸ばす・チームを伸ばすことにも同じ熱量で取り組みましょう。その方が、100倍有意義です。
魔法の杖はないし、銀の弾丸もない
自分で「虎の巻」と言っておきながらですが、調達には魔法の杖はないし、銀の弾丸もありません。
最近、スタートアップ界隈でもエクイティ調達の資料を載せて「こういうストーリーで作るといい」というノウハウの共有も広がっていますし、それ自体は素晴らしいことだと思います。
ただ、周囲の成功事例をコピーするだけでは、投資家はついてきてくれません。エクイティストーリーだけ作り込んでも意味がなく、只々地道に「中身を作り込むこと」に意味があります。
「不可視の可視化」
最高の業績・チームを作り上げることに尽力した結果、最後の着地はうまくいかないかもしれません。それはそれで、仕方のないことです。
業績もチームも理想ではないとしても、調達担当者は「業績も悪いし、チームも悪いから調達できない」と、口が裂けても言うべきではありません。
調達できなければ、会社も、社員も、プロダクトもなくなる可能性があります。調達担当者は、どんな状況においても「今の環境の中で、最大限達成できる調達」を達成することに、心身ともにコミットする必要があります。
調達担当者には、唯一無二の責務があります。
それは「不可視の可視化」です。
財務数字は「一見」xxという状態だが、今後xxという事業領域を展開しようと考えており、マーケットサイズを見ると、財務数字はxxという状態にまで改善する
プロダクトKPIは「一見」xxという状態だが、ユーザーセグメントを切った際に、AセグメントにおけるプロダクトKPIはN倍強い。Aを掘っていけば、全体のプロダクトKPIは加重平均でxxという状態になる
チームは「一見」xxという状態だが、今後のプロダクト展望を踏まえると、xx という能力を持った人が必要。この能力を持つ人はレアだが、当社にはN人存在していて、希少性が高い
会社には投資家が一目見ただけでは気付けないような、たくさんの魅力や宝があります。
たくさんの宝に調達担当者が(あるいは会社が)どれだけ気付けるか、どれだけ正しく魅力的に伝えられるか。調達の成否は全てその1点のみに委ねられています。
身の丈を「少し」超えた調達
エクイティ調達では、「評価額が高いほど正義」という風潮があると感じています。
これは間違っています。
大事なのは、嘘がないことです。
「不可視の可視化」によって評価額が上がるのは「自分たちが今持っている魅力・将来持つであろう魅力が、正しく評価された」結果であり、問題ないです。
絶対にやってはいけないのは、「評価額を上げるためのストーリーを作り上げること」です。
良くない理由は、3つあります。
今回の調達が失敗する: そもそも嘘なので、説明に言霊が乗らない。説明が矛盾すると、投資家も流石に気づく。結果、投資回避に繋がる
信頼関係が破綻する: 事業を運営していけば、どこかで嘘は露呈する。判断根拠がおかしければ、投資家との信頼関係は破綻する
次回調達が厳しくなる: 高い評価額で調達するということは、それ以上の数字を数年後までに達成しないといけない。ダウンラウンドでの調達は、投資家にも損を出してしまうし、会社の信頼も、自分に対する信頼も損ねる
「高い評価額で調達できた」ことは、現時点だけを切り取ったら素晴らしいことかもしれません。
でも、事業は「今」で終わりではありません。今後何年も、何十年も続きますし、投資家との関係もそれだけ続きます。中長期的な自社の状況を踏まえた際には、「高い評価額で調達できたこと」は手放しで賞賛されるものではないと思います。「身の丈を少し超えた評価額で調達すること」を調達担当者は目指すべきです。
調達準備段階(数年前〜9ヶ月前)
事業のリスクを潰し、チャンスを伸ばす
「将来の事業の種が全く出ていないけど、ストーリーと構想で投資家に信じてもらおう!」
これも、典型的な間違いです。
調達のステージにもよりますが、基本的に全てが構想のものに対しては、投資家は高い評価を出すことはできません。
「今後の事業のリスクは何か」「今後の事業のチャンスは何か」
これは、事業運営をしている以上、常に把握しておくべき内容であり、次の調達に向けて使えるチャンスの種を数多く巻いておき、リスクを数多く潰しておくことが必要です。
そして、巻いた種がいくつか芽吹いている状態を作ることが必要です。
実例として、私が入社直後にやったことを記載します。
①事業のリスク:決済のみを主軸とした事業成長のリスク
私が入社した直後のスマートバンクの主力事業は「決済事業」であり、今後の事業展開も「決済事業を主軸に登っていく」ことが当時の想定でした。
一方で、入社直後に「熱狂的な3C分析」を行なった結果、決済事業のみを主軸にした事業成長については事業リスクが大きいことを把握しました。リスクは沢山ありますが、主なものを挙げると下記の通りです。
決済事業は、単体では薄利なビジネスであること
これは既に社内では把握されていましたが、入社直後に私が更に細かく分析したことで、根本的な課題の発掘に至りました
決済事業を取り巻く環境が変わってきていること
A2A決済(口座間決済)の民間事業の台頭や、FedNOWなど中央銀行を主軸としたA2A決済の浸透
デジタル通貨を用いた国際送金の浸透など
分析後、入社2ヶ月後の経営会議において「決済事業を中心に事業展開していった場合の将来シミュレーション」を展開し、リスクに対する意識を統一しました。
今振り返ると、当時のシミュレーションは相当荒く、不正確だったなと感じますが、少なくともリスクに対する意識を共有できたことは非常に有意義だったと感じています。
スタートアップにおいては常にSpeed is Everythingであり、細かい正確な分析を出すよりも、8割確信がある段階で課題提起をする方が重要だと思います。
②事業のチャンス:新規利益創出のための事業アイディアを発掘
上記の分析の後、追加で投資家と話す中で「決済以外の利益パイプラインを拡大する」ことが次の調達のためには必須だと考えました。
「既存体験より10倍優れた体験を作るのは、Fintechでは難しい。2倍いいものを10個揃えよう」という思想は、Fintechでは王道な考え方で、海外の先行Fintechも「2倍いいものを10個作る」ことにフォーカスしています。
当社も、当時主力だったペアカード以外に、あとばらい(BNPL)事業と、サブスク事業が出ていましたが、もっと種を増やす必要があるのでは?という課題を見つけました。
2023年に「新たな利益の種を作る」方針を決定した後、急速に事業を整えて、2024年の春先からFP相談のサービスを始めました。
調達の本格的な交渉を始めたのは2024年5月頃なので、当時はまだまだ柱となる数字ではなかったですが、「0ではない」という事実が重要でした。
0に対してはアイディアベースで評価するしかありませんが、1が作れていれば「需要がある」ことを実証できているので、あとはスケーラビリティを証明すれば良くなります。
できれば、調達が始まる前にチャンスだと訴求できる事業に対して複数の種を蒔いておき、調達交渉が始まる段階で、そのうちの何個かが芽生えている状態を作れているとベターです。
新規事業や新規セクターにおける数字が非常に強く、既存のプロダクトやセグメントで作っている数字を悠々超える可能性があることを実証できているとベストです。
自社と投資家を取り巻く環境を把握する
「日本の競合(先行事例)の名前は、いくつあげられますか?」
「海外の競合(先行事例)の名前は、いくつあげられますか?」
私は国内外の競合をあわせたら30~40ぐらいは名前を出せると思いますし、それぞれのサービスが具体的に何をやっているかも簡単になら話せます。
「それはxxという競合がやっていて、過去失敗している。理由はxxである」
「似たようなサービスはxxという競合がやっていて、成長しているから検討してる」
これを瞬時に答えられるかどうかは、事業成長においても大事ですし、調達交渉においても当然大事です。
「日本の金利やリスク資産動向、それがスタートアップ市場に対して与えるインパクトについて、語れますか?」
「金利が上がると、スタートアップの調達環境が悪くなる理由について、簡単で分かりやすい説明と、本質的な説明を両方できますか?」
スタートアップであろうとも、上場株、市況、金利の影響を受けます。金利の見通しに影響するイベントでは最近何が起きて、結果見通しがどう変わっているのか。
知らなくても調達は出来ますが、知っている方が投資家とは対等に話せます。
「今話しているVCの意思決定構造について、把握をしていますか?」
「大手のVCやCVCが、それぞれ今社内で何を話題にしていて、どういうアクションをとっているか知っていますか?」
投資家も人からお金を預かって運用している以上はLP(Limited Partner、資金の出資者)の意向の影響も受けますし、他の投資先企業の影響も受けますし、人間である以上は社内の意思決定者・同僚・部下との関係も当然影響を受けます。
相手が意思決定をする際に、何が武器となり、何が障害となるのか。投資の意思決定をしやすい環境にあるのか、しづらい環境にあるのか。相手が社内で案件を進めるために、自分たちが武器を用意してあげられるのか。
これらの情報を把握していなければ、当然ですが投資交渉はうまく進められません。
投資家より自分たちの方が、自社の事業について詳しいのは当然です。
「この人、自分より市況について詳しいんじゃないか」と投資家が思うぐらいに、自社と相手を取り巻く環境について理解を深くすることで、相手と自分を取り巻く状況を把握した、適切で対等な交渉ができると考えています。
まとめ
今回は、実際の調達プロセスやエクイティストーリーに入る前の「準備段階」の話として、上巻を記載しました。
調達する場面になったら、有無を言わさず、今手持ちのカードで全力を尽くすしかありません。
ただ、手持ちのカードを事前に増やすことはできます。自分が調達時に切れるカードを最大限増やせるように、調達前の事業を伸ばしたり、リスクを潰したり、情報収集をしたりなど、準備を怠らないようにするのが重要だと考えています。
最後に(恒例)
事前準備に時間を割けるのも、結局コーポレートチームという本当に頼れる仲間に恵まれているからですし、一人だったら何もできないなと毎日感じています。
良い事業・強い組織を作るのは仲間が必要です。スマートバンクという会社に力を貸してくれる方を探していますので、ぜひカジュアル面談からでもお願いいたします!
エンジニア、PDM、デザイナーなど全職種応募しています!
特に、コーポレートチームでは、「法務・コンプライアンス」と「データアナリスト」を懸命に探しています!ぜひ一緒にいい会社を作りましょう!カジュアル面談大歓迎です!