突然の訪問者
気づいたらタイに移住して2ヶ月が経ち、毎日いろいろな経験をしながらインプットに溢れた時間を過ごすことができている。
それは畑仕事が終わった村人達が集まる青空飲み会に参加させてもらうことだったり、普段読まなかったジャンルの本をたくさん読む時間だったり、よくわからない道にバイクを走らせて謎の集落にたどり着くことだったり。なかなか充実した毎日を送れている気がしている。
もちろん、日本にいた時と同じくただただ惰眠を貪る日を送ることもあれば、一日中バキを読み返してる日もあったりはする。シコルスキーがスプリンクラーを凄まじい握力でつまみながら戦うシーンの意味のわからなさはタイにいても変わらずニヤニヤしてしまう。せっかくミサイルの発射口を指の力だけで登ったという逸話があるのだから、もっと魅力的な握力の使い所が他にあったんじゃないだろうか。その握力を使ってオバマ元大統領も来たという「すきやばし次郎」に弟子入りしてタマゴ寿司をこれでもかってほど握り潰すシコルスが見てみたい。こんなことを妄想しているだけで終わる一日もあったりする。
そんなタイの山奥でしか得れない刺激と日本でもやっていた怠惰を交互浴のように繰り返す毎日を過ごしてると、極たまに予想もしていないようなことが起こる。
僕は基本的には現在のタイの住所を周りの人間には教えておらず、僕の住まいはまったく知られていない。
流石にタイという場所柄なのでないとは思うが、前職のバーグ時代もいきなり変な人が会社に突撃してきたり、TwitterのDMで知らない人から会いに行きますと謎の宣言を頂くこともあったので、めんどくさい人と絡みたくない気持ちから自衛のためにもあまり人に教えたりはしないようにしていた。
だが、奴は来た。
その日、僕は用事があって住んでいる村から離れ街のホテルに一泊していたのだが、友人の奥さんから「シモダさんはいますか?」と僕の家を訪ねてきた日本人がいると連絡がきた。
アポ無しで突然訪ねてきたその日本人は僕が不在にしていることを聞くと「明日までこの村にいるので、また明日訪ねます」と言ってどこかに消えたそうな。 誰?
そういうことをしそうな友人は何人か知ってるが、さすがにSNSなどで近況を知ってるので突然タイに来そうな人は一人もいない。となると本当に知らない人がいきなり僕を訪ねてきている可能性が高くなってきた。高校生や大学生にありがちな自分のことしか考えていない悪ノリ。赤の他人であるにも関わらず突然訪問して「こんなことする自分って面白いでしょ?」を押し売りしてくるやつだ。前職の商売柄、そういうことをするとこちらが勝手に喜ぶと勘違いしてる人を山程見てきたので、いつしか僕は相手のことを考えずにこういう行動を取る人間に対して異常な拒否反応を示すようになっていた。にっこり笑って「面白いね。そういう人を待ってたんだ」なんて言える大人の余裕とか全くない。牛裂きの刑に処したいし、ヨウ素液をぶっかけて紫色にしてやりたい。
村から遠く離れた街のホテルで僕は突然訪ねてきた謎の男に怒りを感じ始めていた。一体誰なんだ。何の目的で僕を訪ねてきた。服は着ているのか?
考えても考えても正体不明のその男の意図が読めず、僕の頭の中はずっとその男のことでいっぱいになっていた。服は、着ているのか・・・?
翌日、朝早くに街のホテルを出てまっすぐに村へ戻った。
その男が誰なのか一刻も早く知りたかった。もしかしたらいきなり訪ねることで僕を驚かそうとした友人の誰かなのかもしれない。仮にそうであったとしてもアポなしで来るのはイラっとはする。しかし全く面識のない男が訪ねてくる恐怖よりかはまだマシだ。
村に戻ると、友人の奥さんがその訪問者が泊まっているゲストハウスを教えてくれた。速攻で向かい、ゲストハウスのスタッフに「昨日から泊まっている日本人はいますか?」と聞いた。スタッフはレストランルームのほうを指差し、あそこにいると僕に告げる。
恐る恐るレストランルームを覗き込むと、僕に背を向けた状態で椅子に座る男がいた。ラグビー選手のようなガッシリとした身体つきで、髪は短髪の横刈り(側面を刈り上げてる不動産会社の社長のような髪型。それが横刈りである)。まだ顔は見てないが、そのうしろ姿を見た瞬間に確信した。
「知らない人!」
嫌な予感が当たった。これは完全に知らない人だ。横刈りでラガーマン体型の知人は何人か知ってるがその誰でもない。まったく新しいタイプの横刈りラガーマンが現れた。力も強そうだ。強く、強く、僕を抱きしめたなら壊されてしまいそうなくらい太い腕を持っている。念を込めたストレートパンチを打てば小型ミサイルくらいの威力はありそうだ。
肉体が四散し目玉が飛び出るまで殴られるのは怖いので下手に出ることにした僕は「すいません、私を訪ねて来られたと聞いたのですが・・・」と丁寧な態度でウボォーギンに声をかけると、その男は一瞬驚いたような顔をした後、軍人のようにビシッと立ち上がり「急に押しかけて申し訳ありません!」と頭を深くたれて謝罪し始めた。
立ち話もなんなのでと、お互いテーブルに座って話を聞くと以下のようなことがわかった。
・その男は34歳で、ママダという名前である。
・日本の商社に務めておりタイの東北部に海外赴任している。
・友人から「タイに住んでいるのならシモダという人に会いに行け」と言われて来た。理由はわからないけど、とりあえず来た。
・住んでいる場所はシモダのSNS上の情報を元にプロファイリングして予想を立て、探し当てた。
・友人から言われたので来たけど、正直、僕(シモダ)のことはあまり知らない。
・その友人はテレ東でアナウンサーをしてるそうだが、友人からシモダに
「ママダが訪ねて来る」という連絡がいってると思っていた。
・ちなみに僕(シモダ)は、そのテレ東のアナウンサーと面識もなければ存在すら知らない。当然、繋がってもいないので連絡も来ていない。
・カメラが入ってるとかコンテンツにするとかそういうのでもない。
完全なプライベート。
想像していた以上に最悪の結末である。
お互い知らない人なので「おお!あんただったか!」という驚きもなければ、そもそもママダ自体が僕を訪ねた目的をわかっていないのだ。僕なんてもっとわかっていない。
ママダと僕が会った後の展開が何も用意されてないのだ。
知らないおっさん同士が、タイの山奥で、会った。ただそれだけ。
これだけ成立していないドッキリ、二人のおっさんに虚無しか残さないドッキリがかつて存在しただろうか。仮に僕が神からの啓示を受けた選ばれし者で、仮にママダが人生に悩み、生きる理由を探している男だったのなら僕にも出来ることがあったのかもしれない。自己啓発本に書いてあるようなそれっぽい言葉をママダに与え、ひとつ20万円の水晶玉を現金一括払いで購入させれば大団円を迎えることができた。
しかし、僕には人を導くような言葉は持ち合わせていないし、ママダも別に人生に悩んでいるような感じではない。ただただ「すいません。友人が変なことを仕掛けて・・・」と謝罪を繰り返す。
結果として、何も考えていないテレ東のアナウンサーが仕込んだB級以下のドッキリに巻き込まれ、お互いが無駄な時間を過ごしただけだった。
僕はママダに「こういうことをされても面白くないこと」「ドッキリとして成立してないこと」「僕を見つけ出し会いに来るその行動力はすごいと思うけど、いきなり来られてもただただ迷惑に感じること」を説教とともに伝え、僕と同様にテレ東アナウンサーの被害者でもあるママダを許すことにした。
その後、家に招いて一緒に酒を飲み、ペナルティとしてママダが腕につけていたGショックを没収してタイ人の友達の腕に移動させ、ズボンとパンツをずりおろして金玉を何度もひっぱった。
ママダの金玉はしなやかに伸び縮み、玉袋の裏をタイの風が爽やかに吹き抜けていった。