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「歩留まり」を認めるのがよく生きるコツ

100個のことを試したとき、100個全部がうまく行くことは少ない。うまくいくのはそのうちの80とか70とか、少ないと10だったりする。私はこれを、正確な言葉遣いかどうかは自信がないが、歩留まりと呼んでいる。そして、あらゆる場面でこの歩留まりの存在を認めることが重要だと思う。

一つの例は英単語の暗記だ。

たとえば10個の未知の単語を覚えろと言われても、きっちり10個中10個覚えるのは難しい。数日経てば2,3個は抜け落ちるような気がする。しかし、これが30個覚えて半分暗記できていればいい、というのだったらどうか? これならまだやりやすいような気がする。

10個中10個を覚えろ、というのは100%の成功率を求める発想だ。一方、30個中15個を覚えろというのは50%でよしとする、歩留まり半分を認める発想である。そして、後者の方が暗記量が5つも多いのだ。

なぜか私たちは「少ない方が楽」「少量のものをきっちり覚えるべし」という思考法に陥りがちだ。学校教育は基本的にこれである。少ないものなら覚えられるだろう、と言ってちょっとずつ単語の暗記をやらせる。だが、実際には覚えやすい単語と覚えにくい単語がある。だったら、とにかくたくさんやって覚えられるものだけ覚え、あとはゆっくり繰り返していった方が効率がいい。

勉強だけではなく、食べ物もそうだ。

食料を買ったら、とにかく全部食べようとしてしまう。残るのは駄目だ、という発想になる。減点法の思考である。しかし、人間はスーパーで食料を買ったときと実際に食事をするときでは状況が違う。必要なものも違ってくる。やはり、どうしたって食料にも歩留まりが発生するのである。それは受け入れるしかない。受け入れられない人間は残ったものを冷蔵庫に死蔵し、何年も賞味期限が切れたものを放置するのである。

ナンパについても、これは本で読んだだけだが、同じことが言えるだろう。とにかくたくさんの女性に声をかけていったほうが、単位時間あたりの成功率は上がる。得られる経験値もでかい。数は正義なのだ。

もちろん仕事全般、同じことが言えるだろう。よく言われることだが、質と量だったら、まず量をこなすことが優先だ。それによって質はあとから付いてくる。ピカソが評価されたのも、その圧倒的な制作点数による。

どうやら歩留まりを受け入れて数に訴えるべしというのはこの世界の理(ことわり)であるようだ。百発百中はない。いや、もしあるとすればそれは一億の失敗の先に見えてくる境地であろう。最初から百発百中はない。

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